相談室(ブログ)

極度のあがり症で生き辛さを感じています

2020.06.30

(質問)
私は極度のあがり症と慢性的な孤独感や生きるのが辛いという気持ちに悩んでいます。
今年の2月からコンビニでバイトをしていましたが、緊張のあまり出勤時ほとんどレジで手が震えていたり
学校の勉強でする暗記は得意なのに仕事をなかなか覚えられなかったり、考えたらわかることもわからなかったり、普段なら普通にできることができないなどで辞めてしまいました。

バイト以外では、通っている通信制高校の2週間に1度の登校日や、試験会場や、自己紹介をする場面で特に緊張します。
酷いときは全身が震えます。
その上友達が1人もおらず、普段は母親としか会話することがありません。
自分に自信がないからか人に負い目を感じやすいので、なかなか打ち解けられないのと、過去の馬鹿にされたり見下された経験から人と接することがが怖く感じます。
母親に相談しても「若いときはそういう時期もある」と片付けられてしまいます。
確かに若さ故の恥の意識の強さがあると思いますが、昔は人前で発言するのも、自己紹介するのも難なくできたんです。
私は病院に行くべきでしょうか?

(回答)

あなたは、あなたが望むような人間に必ずなれます。なぜなら、あなたには、その可能性が潜在的にあるからです。ただ、表面に出てないだけなのですから…。

その可能性を触発し発掘させるには、先人の知恵や優れた人に触れることが必要です。
人は教育(学校教育だけでなく、あらゆるものから学ぶという広い意味)によって、自らの可能性を開発することが可能になるからです。これは、人生のあらゆる領域に当てはまることです。芸術、スポーツなどに見られる子弟関係では、弟子は師匠から学び、一流になっていきます。

人生も、ある意味「人間道」ともいうべきで、優れた人格者を師匠に持ち、その弟子になって、学んでいけば、優れた人間になっていくことができます。

その意味からすれば、孤立はその機会を失う大きな損失状態といってよいと思います。孤立すると人は弱くなりますし、人から学ぶこともできません。生きた人間に学ぶことが、自分を高める最大の道でもあるからです。もちろん、先人の優れた書物から人間の生き方を学ぶことはできますが、それですべてが解決できるものではありません。

人という文字…お互いが関係しあい、支え合っていることを表す文字は、昔から人は人の中で、支え合い、人間を学び、人になってきたということだと思います。

人は、確かに人によって心の傷を負うこともありますが、心を癒してくれるのは、やはり人の温かい心なのです。人はひとによって癒され、高められ、成長していく存在でもあります。
一人になってはいけません。人の中に入り、人から学び、自らを鍛え、自らを作っていくのです。そうした学びと向上の心がある限り、あなたは必ず良くなります。

価値ある青春を開くもの…それは、今までがどうであったかではありません。これから、どう生きるのか、この力強い前向きな心で決まります。今の自分を超える苦難の道に絶えず挑戦していく、その向上する心こそ青年の本質と言われています。

当室には、引きこもり者や不登校の人が来談します。彼らに共通していることがあります。それは、「対人恐怖」のような症状を持っていることです。

ひきこもりや不登校…人との関係を避けてしまえば、人を気遣う必要もなく、緊張もなく、人目を気にする必要もなく、楽な面もあります。反面、その生活を長く続けると、人の目が気になるようになり、他者の視線が怖くなり、身動きが取れなくなってしまいます。受け身の生き方になってしまい、環境に左右される弱い人間になり、環境(他者)に振り回されてしまいます。

能動的、積極的に、心を強く持って、打って出ることです。相手の視線や人の思惑を気にするという受動的な生き方から、相手を見る、相手を観察するという、能動的、主体的な姿勢に生き方を変えるのです。
過去の出来事や失敗は、心の中で、一つのイメージをつくり、あなたの行動を阻んでいるようですが、そのイメージは、あなたが勝手に描き出しているにすぎません。

本来、心は自由です。歯の痛みがあれば、歯の中に入ってしまうような心、そうかと思えば、天の川に思いを馳せ、宇宙を想像するような気宇広大な心にもなります。心は変幻自在なのです。

「心は巧みなる絵師のごとし」と仏典にあります。心は、何でも自由に描けるし、人の心はそれほど不可思議なものなのです。
心に描くイメージを未来に開き、新しいものを描く…なりたい自分…その道を勇気をもって進めばよいのです。

もう一度、人の中に入り、自分にチャレンジしたらどうでしょうか。バイトに再挑戦するとよいと思います。「手が震える」「顔が引きつる」「声がかすれる」「人前でドキドキする」
「私は、あがり症なんです」「私は、人見知りなんです」「私、今緊張しています、すみません」とありのままの自分を認めていくことです。あがり症のまま、バイトをしていけばいいのです。「緊張してはいけない」とか「手が震えてはいけない」とか、ありのままの自分に逆らわず、そのまま受け入れるのです。「私はあがり症なのです」と、苦手から回避せず、無理に、何かになろうとせず、そのままのあなたで、バイトをし、人の中で行動していくことです。そうすれば、いつの間にか、「あがり症」から解放される日が来るでしょう。

心の弱い人に幸福はありません。
心の強い人に幸福は宿ります。
心の清き人に福は宿ります。

さあ、新しい自分の建設に向かって、心を強く持って一歩、前進しましょう。