相談室(ブログ)

天国や地獄は本当にあるのでしょうか?(小学5年)

2022.09.10

(質問)
よく「地獄に落ちる」とか「あの人は天国に行った」などという話を聴くことがあります。最近、祖父が亡くなりました。そんなこともあって、祖父が地獄に行ったのか、天国に行ったのか気になってしかたがありません。そもそも、天国や地獄は本当にあるのでしょうか? だれに聞いても、あいまいなことしか話してくれません。難しい問いとは思いますが、よろしくお願いします。

(回答)
近くのお寺の住職さんに、お話を聞きにいかれたら、こんこんと説教してくれると思います。

以下に私なりの考えを述べさせてもらいます。
地球の言葉はすべて人間の創造です。古来、言葉はありませんでした。文明が発達する段階で言葉が作り出され、どんどん増えていきました。地獄も天国も人間の思考が産み出したもので、宗教や思想に体系化された言葉(概念・がいねん)と言ってよいでしょう。

地獄は仏教用語の一つです。仏教では、八代地獄といって様々な地獄が紹介されています。大分の別府に行けば、地獄めぐりという温泉があるほどです。「坊主地獄、血の池地獄など」地獄は恐ろしく怖いというイメージをもたらしています。そんなイメージからすると死後に地獄に行くのはとてつもない恐怖を感じますね。

しかし、仏教では、地獄は死後に行くものだけではなく、今生きている人間の生命の中にもあると教えています。つまり地獄とは、苦しみに束縛された不自由な生命状態を指す言葉なのです。苦しみの極致であり、不自由な苦しみの状態です。身近な存在なのです。

人間は、生きている以上、様々な苦しみがあります。不治の病になった苦しみ、多大な借金苦、貧困や食べるものもない苦しみ、人間関係のうらみ、つらみ、にくしみなどの苦しみがあります。それらの苦しみに縛られ、どうすることもできない怒りのような状態が「地獄」なのです。仏教では死後の生命を説いていますから、死後も地獄があると言われています。
生きている人間は地獄という苦しみから逃れる方法を模索してきました。科学や医学や経済、あらゆる学問が、苦しみを取り除くために発展してきたと言ってもよいでしょう。

しかし、人間の苦しみは、地獄は果たして軽減されたのでしょうか。人間は新たな苦しみ、地獄を作り出しているような気がします。自己中心的な欲望が人を陥れ傷つけ、最悪の場合は殺人・戦争にまでつながる場合もあります。

では、天国はというと、何となくキリスト教的な響きのある言葉ですが、楽しさや喜びの極致の生命状態が「天国」なのです。仏教では「天界」という説明をしています。苦労して試合で優勝した。志望校に合格した。好きな人と結ばれた。つまり、自分の願いが叶い、「天にも昇るような心地」が天界であり天国といってよいでしょう。地獄同様、死後にもある世界と言われています。人間は地獄を避け、天界(願いの成就・欲望の充足)を求めて生きていると言えるでしょう。入試の合格祈願、縁結び、御払いなど、不幸を避け、所願満足のため、神社にお参りするのも、そうした人間心理を表していると言えます。

仏教では、地獄も天国(天界)も、その人の生き方で行き先が決まると教えています。善を多く成せば、生きてる時も死後も天国であり、悪を多く成せば、地獄の生命状態になると説いています。キリスト教では神を信じ、その教えを実践するかかどうかで決まるそうです。

あとは、書物などを読んで探究されてみてください。疑問を持ち、学び、思索するところに人間性の本当の向上があり、自己実現につながっていくからです。人間は、学ぶことによって人間完成に限りなく向かっていくと言われています。覚者ブッダも死ぬまで修行・学びを止めなかった人と言われています。