相談室(ブログ)

私は生きていて いいのでしょうか?

2019.11.18

質問

都内に住む30代です。
内臓に障害があり、子どもが産めません。
またむかし摂食障害やリスカをして、心療内科に通っていました。
そこでの診断は、鬱、ボーダー、sad、軽度のAdhdです。
人の顔など覚えられません。常連さまの顔も覚えられません。
仕事はクビになるか、体調を崩して終わる、ばかりでちゃんと働くこともできません。
例えば工場勤務のようなひとと顔を合わせない仕事では内臓障害のせいでできません。
子どもも産めず、仕事も満足にできない自分がイヤでイヤで仕方ありません。

回答 

はじめまして、臨床心理シランの室です。
子どもが産めない内臓の障害、過去の摂食障害という病歴。かつての鬱、ボーダー、社会不安、軽度の発達障害…生き辛さの中で、希望もなかなか見いだせず、なんとか今日まで生きてきたのですね…。
こうした状態の中で、いかにして希望と勇気をもって人生を生き抜くのか…。

生き抜くということは大変なことのようです。寝たきりになっても、なお周囲の方が必死に介護をしながら生きようとしています。また身体にひどい障害を持ったり、半身不随になったり、認知症になったりしても、なおかつ生き抜こうとしています。そんな人たちの人生を見るとき、「生きる」ということは何なんだろう‥と自問自答してしまいます。

人生の意味、幸福を追求し、あらゆる宗教・哲学・思想が生まれまたと言われています。では、幸福な人生(本当に楽しい人生)はどうすれば、もたらされるのでしょうか。それが最大の課題です。その具体的実践を説いたものが思想・宗教だと言われています。

 ここではブッタの思想を少し紹介します。彼は何不自由のない王子として生まれ育ちましたが、人生に悩み(本当の幸福とは何か、心から楽しみを感じることができる人生とは何か)‥悶々として解答を求め、すべてを捨てて出家したと言われています。悩み続け、修行を貫き、人生の意義を探究し続けた結果、悟りを開き、それを当時の民衆に教えるという一生を送ったとされています。

ブッタの思想…誰人の中にも等しく内在する不可思議な妙なる生命がある…創造的で幸福になっていける生命と知恵が具わっている。自らも幸福になるとともに、周囲の人(自然も含めて)も幸福にしていくという共生の生命思想と言われています。いかなる運命や宿命をも転換できる生命の働きをもつという思想です。

一日の人の命は、宇宙の宝すべてよりも尊いとも説いています。この世界で、人間だけが、自らの可能性を信じて自らを変えていける「聖道正器」の存在とも言われています。確かに動物や植物は、自らを変えることもできず、本能のまま、生態系に従って生きています。

その尊い人間の生命として誕生してくる可能性をガンジス川の無数の砂の一粒という譬えで説いています。つまり人間生命はかけがえのない尊さをもった存在ということです。しかも、どんな境遇、運命も宿命も、自らの生命に具わる可能性を信じていけば、転換できるとも説かれています。

自らに内在する尊極の生命を信じられるかどうか。ブッタは信を強調されたと言われています。なぜなら、生命の働きは、誰人も創造(幸福)と破壊(不幸)という二面があるというのがブッタの思想です。生きるというのは、自分との戦いでもあります。善(創造、幸福の働き)が勝つか、それとも悪(破壊・不幸の働き)が勝つか…。自分の可能性を信じ、自分に勝たなくては、幸福は得られないと言われています。

自分による自分の変革を説いたのです。かけがえのない生命です。大事にされてください。
今の苦しみは、あなたがそれを乗り越えた時、同じような苦しみを持つ人を支援することにつながります。ハンディーが最大の長所や持ち味に替わるのです。それが生命の妙(2不思議さ)だと言っています。それには発想の転換が必要です

マズローという心理学者は欲求の5段階説を唱えています。1,生理的欲求 2,安全欲求3,社会的欲求4,尊厳の欲求5,自己実現の欲求という5つです。

最初から三つまでは環境から与えられます。4つ目からは、自らの努力の結果得られる内的な充実感になります。尊厳の欲求、自己実現の欲求が満たされれば、心が満たされ心の充実がもたらされます。

生きる確かな目標をもち、その達成のため努力していく日々の中に充実がもたらされます。多くの心理学者、宗教家は自らを高めながらも、他者貢献の生き方を目指すところに深い充実感がもたらされると説いています。
 
 充実した生き方は豊かな環境から与えられるものでも親の愛情から得られるものでもなく、自らの目標に向かって生きる生き方の中に生まれると言われています。

他者と比較する生き方(他人を意識する他者評価)から、自己評価…自分と自分を比較して生きる生き方(例えば、昨日の自分と今日の自分というように)に転換することです。
それは、他者評価という不安定な生き方から、自分対自分という絶対的評価に生きることです。

そうした生き方を重ねる中で、あらゆる自分(病気や障害の自分など)を受け入れ、認め、やがて自分が好きになっていくでしょう。

目に見える結果や成果を大事にするのではなく、見えない努力の過程を大事にする生き方でもあります。その生き方も他者貢献につながる生き方がよいとされています。
 
あなたを支援してくれるところはたくさんありますよ。例えば以下のようなところが、どの地域にもあると思います。
若者サポートステイション、ハローワーク、就労移行施設、生活困窮者自立支援室などに相談され、あなたの今の状態でできる仕事を相談員と一緒に探されるとよいと思います。

あなたの生きる価値は絶対なのです。さあ顔を上げ、前を向いて、今日を出発点に勇気と希望をもって、未来の素晴らしい自分を心に描きながら生き抜きましょう。
  

自分を良いと思える日がくるのでしょうか(大学生)

2019.10.30

質問

大学四年生ですが今まで彼氏ができたことがありません。自分を良いと思えません。
先日、高校の時のクラスメイトの女の子が、高校から付き合っている彼氏と今でも続いていることを知りました。
それを知って、なんで私には彼氏ができないのかと悲しくなり、泣きました。
高校生の頃、私の事を好きになってくれた人がいて、私もその人の事が好きでしたが、自分に自信がなかったせいで、自分も好きだといえず、その人の事を避けてしまったりして、なんの進展もなく高校を卒業しました。そんな記憶を思い出して、後悔して、「私もあのときああしていれば、もしかしたらその人と今でも付き合ったりできたのかな」などと考えてしまい悲しくなります。
昔から自分に自信がなくて、人と比べて自分はだめだとか、告白されたとしても、「私と付き合うより他の人と付き合った方が良いよ」とか思ってしまい、チャンスを逃してきました。
この年齢になってくると、同級生が結婚したというニュースを聞くことが増えました。悔しかったのは、中学の時に私をいじめていた女子が結婚したことです。そのとき、どうして悪いやつほど幸せになるのかと悔しくなり、泣きました。
私は精神的に不安定でよく不安になるし、無口でつまらない人間ですし、容姿も自信がありません。自分を良いと思う思えなくて辛いです。妬み感情や、嫉妬の感情が沸き起こります。情けないし、悲しくなってきます。
この先良いことが起こると思えません。いっそのこと全くの別人に生まれ変わりたいです。顔も性格も変われるのなら、変わりたいです。
そして、こんな風に思う自分も大嫌いで、いま、辛くて仕方がないです。
こんな状況で、私は自分を良いと思える日はくるのでしょうか。

回答
はじめまして 臨床心理シランの室です。

自分をよいと思える日は必ず来ます。
あなたが否定的な思考や自己否定から肯定的思考や自己肯定と変化していくとき、自分が好きになり、人を羨むこともなくなっていくでしょう。
自己肯定感とは、どんな自分も肯定できる自分…成功したときも失敗したときも、人に認められている自分も、認められず批判されている自分も、自分の嫌いな部分も、全て同じ自分であると受け入れられる自分のことです。
どんな自分もそのまま、受け入れられること、自分のあるがままを受け入れることになります。

反対に、自己否定は自己を受け入れず否定することです。人間は、全ての自分を否定するわけではありません。気に入った自分や好きな自分は受入れ、嫌いな部分、劣った部分、醜い部分、他者に嫌悪されたり、受け入れられていなかったりする部分を否定する傾向があります。

 ある仕事を7割程度出来たとします。10割でないので価値がないと考える人にとっては、7割は無価値になります。半面、6割を超えれば合格と思う人にとっては、7割はできの良いほうになり、価値があると思えます。つまり、物事の成否は、その人の価値基準によって左右されます。自己肯定感は、ありのまま全てを受容するので、評価や価値の有無とは無縁になります。

自己肯定感を阻むもの…美醜、快不快、苦楽、財産の有無、能力の有無など…他者との比較相対で価値が位置づけられます。また他者は、その人の持っているもので価値を評価する傾向があります。自分も他者の持っているもので人間全体を評価してしまう傾向があります。こうした、価値基準で人間の評価をしている間は、自己肯定感は育ちにくくなるでしょう。

自己肯定感は、価値の比較相対を超えたものだからです。例を挙げれば、醜い顔の自分もそのまま自分として受け入れ、「自分は自分なのだ」と肯定する心です。貧乏でお金がない無職の自分でも、ありのまま受入れ、「自分は自分なのだ」と受け入れることが自己肯定であり自己を受容することになります。

つまり、自他の価値評価に左右されない心です。
これほど安心でき、強い境地はないでしょう。いつもありのままの自分に生き、支えられているからです。

心は見えないので、人はそれを見落としがちになり、大事にしない傾向があります。人は見える世界を大事にし、表面に流され、物事の本質を見失いがちだからです。それが自己肯定感を低くする一因にもなっています。

では、自己肯定感を高めるにはどうすればよいのでしょうか。

「どんな自分も自分である」と受容するためには人間観が必要です。「人間はどんな人も等しく、可能性を秘めた存在であり、かけがえのない個性をもち成長していく存在」という信念です。
仮に、今は未熟な自分であったとしても、それは発達途上の自分であり、磨けば輝く存在になると信じて努力できる信念です。

ダイヤは、もともとは黒い石に過ぎませんが、磨きをかけていけば高価な宝石となります。黒の原石を否定すれば輝くダイヤの存在はありません。どちらもダイヤです。ですから、黒い石の自分も「そのまま受け入れる」ことが自己肯定なのです。自己肯定には、「黒石もダイヤも同一の存在であり、黒石も磨けばダイヤになる」という思考の転換と信念に裏打ちされた努力が必要です。その努力の積み重ねが個性を開花させダイヤと自己を高めていくのです。

具体的には、一日の終わりに、あったことを振り返ります。今日できたことをあげてみます。

例…朝、無事に学校に行けたこと。○○と○○の授業を受けることができたこと。
○○に挨拶し、会話したこと。○○という本を読んだこと。夕飯を自炊したことなど。

どれも当たり前のことのようですが、当たり前のことができること自体素晴らしいことなのです。
病気になれば、当たり前のことができなくなり、そのありがたさが身に染みてわかります。また台風被害のように、当たり前の日常が壊された時、人間は、日常の自然現象をありがたく感じます。
毎日電気がつく、水道の水が出る、太陽が昇るという日常、本当はとてもありがたいことなのです。毎日生きていること自体最高にありがたいことなのです。自己肯定は、「感謝する心」があれば強められます。

一日の終わりに、当たり前のことができた自分を「よかった」と認めていけば自己肯定感は高められます。そうすれば、あなたの問題は解決されるのみならず、確かな幸福の道を歩むことになるでしょう。

「よいことはカタツムリの速度で進む」とガンジーは言われました。時間はかかりますが、忍耐強く着実に実行していけば、必ず成就できるでしょう。

どうしても母親に認められたい(17歳)

2019.10.25

質問
17歳の女です。もう17にもなるのに自立できずこんなちっぽけなことで悩んでいるのが恥ずかしいのですが、相談させていただきます。私は今までずっと母親の言うことに逆らわず生きてきました。テストも毎回学年トップのあたりで、成績も体育以外オール5です。友人関係も特に問題なく過ごしているのですが、ずっと母親に認めてもらいたいと言う欲求に苦しんでいます。

中学生の時に一度その気持ちが沸騰し、母親にもっと自分を認めて欲しいとお願いしたのですが、「弟はあなたみたいに出来た人じゃないから、あなたを褒めると弟が嫉妬する」と言われました。その時はそれで納得しましたが、しかし実際は、少し成績が上がっただけで褒められる弟に私の方が嫉妬しています。この気持ちは高校生になれば収まると思ったのですが、落ち着きそうな気配がありません。先日の成績通知でも、私の成績表はほとんど見ず、弟の成績を見ていて嫉妬に狂いそうになりました。私は「弟に比べて優秀な自分」として評価して欲しいのではなく、ただ、頑張った時にはそれを一言でいいから言って欲しいだけなのに、と思ってしまいます。

何故か、担任や友人ではなく、母親に認めてもらわなければ意味がないと思ってしまいます。どうやったらこの気持ちを和らげることができるでしょうか。教えてください。

回答

臨床心理シランの室です。

思春期は第二反抗期とも言われています。自我の目覚めは、自立を促し、これまで大人によって作られてきた自分を一度こわし、再度自らの手で作ろうとするのもこの時期の特徴です。大人の意識が顔を出すようになると、一個の人格として親や大人を見はじめます。それは親への批判や反抗となって表現されことがよくあります。これは自立を始めた証拠なのです。
今日まで、ずっと母親の言うことに逆らわず生きてきたというあなたの今の悩み…「自立」を始めようしていることから生じている悩みのような気がします。

なぜ、そこまで従順に母親に従い、認められようとするのでしょうか。

従順に振る舞うことで母親の愛情を得ようとしているようです。親に従えば母親の愛情が得られ、親の愛を独占することもできます。それがうまくいかないとき、弟さんへの嫉妬も強くなっていたのでしょうか。

このような心理状態の原因…推測するに小さい頃の母子の絆…愛着の絆にあるような気がします。母親があなたの安全基地の役割を果たし、安定した愛着関係が培われていれば、思春期に自立という課題に向かって順調に進めていると思われますが、
未だに、満たされなかった母子の絆の確認…「母親に認められること」で安定しようとする依存があります。

では、どうすればよいのでしょうか。愛着の問題に向き合うことです。
親に期待するから、裏切られてしまいます。親に認められたいと思うから、親に否定されることを辛く感じてしまいます。親に左右されることをやめるとよいでしょう。親の代わりに、自分が自分の親になることです。自分が自分の親となって自分を認め、アドバイスしたりするのです。つまり、自分が自分を無条件に受け入れ、肯定することです。

もうひとつは、一人の人間として自立することです。自立とは人に頼らないで独立独歩するということではありません。必要な時には人に頼ることができ、だからと言って人に従属するわけでもありません。自立と依存をほどよく生きるということです。

自立の過程とは、自分が周囲に認められ受け入れられる過程であり、同時にそうした自分に対して「これでいいんだ」と納得する過程です。自立を成功させるには、この二つの過程が、うまく絡み合いながら進んでいく必要があります。

成績優秀で、未来のあるあなたです。この機会に「愛着」に関する書籍を読まれ、自己理解が深まれば、解決の道筋が見えてくると思います。

仕事を辞めるかどうかで悩んでいます

2019.10.24

質問
ことし新入社員として入社しある小売業で働いてます。パートがほとんどの会社なので何か話せば噂になりますし、ミスをすると犯人探し、いつも人の悪口ばかりの環境です。そんな環境なので同僚全員が敵と思ってしまい、言い返すことができずに振り回されてます。さらに仕事も大変なのにこのようなことで我慢の限界になり職場で泣くことが頻繁、医者からは鬱手前と診断され安定剤と睡眠薬でなんとか仕事している状態です。
辞めたいですが、今辞めると次がないや資格もないので就職できないという現実から仕事が抜け出せません。
こんな私が辛いです。

回答
臨床心理シランの室です。

「辞めたい、しかし辞められない」という二つの心がぶつかり合い、解決できずストレスを溜め込む状態になっているようです。
内容からすると、あなたは新卒で正社員もしくは契約社員のフルタイムで入社され、周囲の多くはパート社員で、あなたより年上の女性たちの職場といった感じを受けますが…。

解決方法は葛藤(辞めたい・辞められない)を解消することです。その方法のひとつは会社を辞めて、新たに仕事を探すことです。ですが、この選択ができないので悩んでいるということのようですね。せっかく入った会社ですから…。無理もないことです…。

そうであれば、もう一つの方法…心を強くし、現職場での適応力(人間としての総合力のようなもの)を身につけることです。
あなたの現在の問題や課題を整理してみます。
・噂になりやすく、ミスをすると犯人探しのようになり、悪口ばかりの環境。
・全員が敵と思ってしまい、言い返すことができず、振り回されてしまう。
・仕事も大変で、我慢の限界になっていて、職場で泣くことも頻繁になっている。
・医者から安定剤と睡眠薬を処方されなんとか仕事をしている状態。

生命力(心の強さ)と知恵(ものごとや出来事を上手に処理したり、解決したりする要素)があれば、今の職場すら楽しむことができます。例えば、力が強ければ50㌔を担いで山道を楽々登ることができますが、力が弱いと5㌔すら担げないかもしれません。坂道か苦痛でがまんできなくなることもあるでしょう。

環境(今は職場)と人間の関係は、支配するか、されるかです。力(心)が強ければ環境を支配することができますが、心が弱ければ支配され、環境に振り回されることになります。心を強く持ち、正しい解決法で着実に努力していけば、必ず、解決できます。

新入社員なので、仕事が大変で、失敗することもあるでしょう。それは、パート、フルタイムに関係なく、謙虚に学ぶという姿勢を貫き、失敗を受け入れ、そこから学ぶようにしていけば、あなたの仕事の力量は確実についていくでしょう。はじめから失敗なくできる人などいません。一流の人は失敗しなのではなく、失敗したときは、それを受け入れ、その苦しみから学んだ人なのです。

具体的解決法は、まず信頼できる人に相談することです。先輩、友達、親、職場の上司など…。相談することにより、視野が開けます。また、心に溜まったものを吐き出すこともでき、感情の解放がもたらされると思います。また知恵をもらうこともあるでしょう。人に相談することは、問題解決の近道でもあります。自分を心理的に支えてくれる存在(ソーシャルサポーター)のようなものであり、とても大事なことです。

孤立すると、力が出ませんし、知恵もわきません。是非誰かに相談されてください。
ソーシャルサポーター…あなたの心を支え、支援してくれる存在。家族、友人・知人、会社で相談できる人、心理カウンセラー、書物など。ソーシャルサポーターは、あなたにとって職場の辛いことを、受動的に耐えるのではなく、積極能動的に耐える力になります。

それはあなたの情動的支え、知性的な支えとなり、あなたに活力や自分力を引き出してくれる源泉になります。特に心理カウンセリング(カウンセリングルームで専門家による認知行動療法が有効)を受けられると、自分自身を知ることもでき、適切な解決方法が見いだせると思います。

次に、ストレスコーピングを身に付けることでストレス緩和をはかることです。過緊張により自律神経が交感神経(緊張・興奮など)優位になっていますので、その神経を和らげることです。自律神経訓練法(ネットで調べると出てきます。背景公式、公式1.2ぐらいで十分)を実行してみるとよいでしょう。そのほか、趣味、運動、ストレッチ、音楽、入浴、散歩、森林浴、好きな食べ物などのストレス解消を試みるとよいでしょう。

最後に、コミュニケーション力を高めることです。自他尊重の表現力…さわやかな自己表現(アサーションと言います。ネットで出てきますし、書籍もあります)。アサーション力がつけば、自分の考えや気持ちを周囲の人に適切に表現することができるようになり、無理に我慢したり、周囲に振り回されたりすることもなくなっていくでしょう。

今の苦境を乗り越えられとき、あなたは人間的にも一回り成長を遂げていると思います。

中学生の不登校…心療内科か心理カウンセリングか

2019.10.13

まずは、専門性の高い臨床心理士などのが在室しているカウンセリングールームで相談されることをお勧めします。なぜなら多くの不登校は精神疾患とはいえないからです。学校に行けないからといって、病気扱いは禁物です。学校に行けない(行かない)のには、それなりの原因があるからです。子どもを変えようとして、焦ってしまうと問題をこじらせ、事態の悪化を招くことになります。不登校になるには、それなりの伏線があるからです。

中学生の不登校の原因は、文科省データーによりますと、
1 無気力  2 不安  3 友人関係  4 遊び・非行  5学業  
6 親子関係などの順番になそっています。

原因になる部分で、心療内科に関係ありそうなものと言えば「不安」になるでしょうか。

主な原因とその対応方法について、以下に簡単に述べます。

1 学校生活によるトラブル(いじめ、集団生活が苦手、教師と合わないなど) 
→環境調整を考えます
2 無気力(原因の一番)…中学生で26%
→気力を養う…メリハリのある生活、外の世界との接触、健全な生活リズムなどで対応します。

3 非行や遊び →子どもを認め、愛情を示しめすことが大切になります。

4 学業不振→できるところから指導、個別指導(塾や家庭教師)で対応します。

5 甘えたがり・精神が未熟 →内面の成長を長期的に見守ります。

6 家庭環境(経済状況、介護、家庭不和など)
→親のストレスが子どものストレスになります。

7 発達障害→環境調整、最もよい学習形態に配慮します。

8 神経症
→不安、こだわり、対人恐怖など情緒的混乱…専門的な治療…場合によっては心療内科受診

以上の理由からも、まずは、親が専門の心理カウンセリングルーム(キャリアのある臨床心理士在室)で相談されとよいと思います。

◎親の対応としは、以下の姿勢が大切になります。
◆子どもの見方や価値…無条件の肯定的関心をもつ
子どもをありのままに受け入れる。評価しない。無条件で受け入れる。
 欠点やできない部分より、長所、できる部分。

◆安心をもたせ、どっしりと構えさせる…子ども理解(不登校の原因、背景の理解、こどもの領域を守る)、登校を阻害しているものを知る。
子どもの将来の変化(よくなっていこうという心)を信じる

◎不登校の理解をすることが大切になります。
思春期は、今までの自分を今一度点検する時でもあり、積み残した発達課題(未成熟部分)があれば、思春期を乗り越えるのに人一倍苦労するかもしれません

親も二度目の子育てを求められる時期であり、子ども同様成長していかなければなりません。多くの子どもは「危機」の時期を問題なく乗り越え自立していきます。彼らを身近で支えているのが、親をはじめとした家族であり、祖父母であり、兄弟であり、友達であり、先生たちです。だれか一人、信頼でき本人を受け止めてくれる人がいれば、思春期を乗り越えるべき山として立派に乗り越えていきます。

思春期は父親(父性)が求められる時です。父親の出番になります。表面的な行動の奥には別の心…「よくなっていこう、成長しようという善性」が心の中に存在しています。そこを信じて、こどもの表面の行動に振り回されず丸ごと受容し忍耐強くかかわれるかが鍵になります。その前提の上で、父親として社会化(自立)をサポートしなければなりません。

常識に反することや道理に合わないこと…好き勝手な行動に対しては、父親が毅然と対決しなければ壁を超えることができないでしょう。真剣に体を張って善悪を教える役目があります。そうした行動に、反発したり口では不満をもらしたりするでしょうが、心の底では自分に真剣に向き合ってくれたことに内心ほっとしているのです。それが一つの壁を乗り越える原動力なっていくと思います。

今の行動には意味があり原因があります。その意味を両親がしっかりと理解し、手を放しても目を離さない、こどもの「よくなりたいという善性」を信じぬく関わりをしていけば、徐々に良い方向にかわっていくと思います。時間はかかるかもしれませんが、長い目で見て諦めず関わり続けてください。

◎不登校生の課題
豊かさを生きることは容易なことではありません。不登校の子どもは概して真面目です。
学校や親の評価は高いかもしれませんが、友達と合わなくなり、社会からずれています。
結果、不登校になります。不登校の子どもは学校から離れることによって、役に立たない生き方からの脱却を図っているのです。

豊かさを生きるには、不透明な状況を探索的に進む力と質のいいセンスが必要です。
不登校は見た目とは違って、自分と付きあっている時間という意味では貴重な時間と考えられます。

不登校は現象的には自分のわがままを優先して、周囲の要請から外れているように見えますが、実際は全く逆で、周囲の期待を生き過ぎた結果、エネルギーが枯渇した状態なのです。

私たちが身近に付き合っている他人は自分自身です。しかも結構付き合いにくい相手です。感情も身体も自分の一部でありながら、自分の思い通りにならない存在です。自分とうまく付き合えるとき、人は満足を感じたり充実を覚えたりするものです。

不登校の子ども中には他人とうまく折れ合えない子がいます。人間関係は、ごく普通にやっているように見えますが、数学の問題を解くよりはるかに複雑な計算や判断を瞬時にしなくてはならない難しい作業なのです。これを柔軟に粘り強く続けることなのです。これらの力は、何より「自分という付き合いにくい他人との関係で培われるものです。

退屈は創造の母です。退屈を通して自分が何を求めているかに気づくのです。何もすることがない子どもを見ていることは辛いものです。しかし時間を持て余しているように見えても、心の深い部分では、創造の泉を求めて井戸掘りの作業が進展しているのです。必ず掘り当てられるという確証のない孤独で不安な作業です。大人が踏み固めて硬くなっているからです。親は、不登校のこうした心を理解した対応が求められます。
支援者によるカウンセリングは、今までないがしろにされてきた自分との付き合い方を手伝う時間でもあるのです。

支援者(カウンセラー・医師など)の選び方は、本人との相性、本人に適切かどうかを重視するべきです。そのためには、まず母親が、その専門家とあって、どんな人、どんな雰囲気のところかを知り、本人に合うかどうかを判断することです。有名とか専門とかで判断して、治療者不信になれば、改善がますます困難になるからです。(当室来談のなかで、有名とか専門とかでいきなり子どもを連れて行って失敗…不信感を強め、悪化したケースがたくさんあるからです)

親は、子どもに対して、無条件の肯定的関心をもつことが大事です。子どもをありのままに受け入れることです。評価せず、存在そのものを無条件で受け入れることです。忍耐強く、子どもの将来の変化(よくなっていこうという心)を信じ抜くことです。

痩せないなら、死にたい(18歳女性)

2019.10.06

質問
私は18歳で大学一年生の女です。
ダイエットをしていてるんですが、食べてないのに痩せないのです。
身長は159cm、体重は52.7です。(今日の体重)
大学の夏休みを使って、1ヶ月ちょっとで約4kg程度痩せました。(56.0→51.7)
方法は、朝は食べる(ご飯1杯、卵焼き、ウインナー2本、味噌汁1杯)。昼は抜く。夜は少し(味噌汁1杯、納豆1パック、さつまいもの甘煮を二口くらい。たまに抜き)です。大好きなおやつなどの間食は一切なし。飲み物も水とお茶のみ。運動はしない。(運動するとなぜか太るんです。運動した次の日からどんどん体重が増えます。食べてないのに。)
夏休みが終わり、学校も始まるので1回ダイエットを中断したら52.2まで太ってしまいました。
これはいけないと思いダイエットを再開し、また夏休み中と同じような食生活をし、便秘ぎみになりながらも50kgを目指しています。しかし、食事を抜けども抜けども痩せないのです。朝ごはん以外全部抜いて一日1食にしてるのに今日とうとう52.7まで増えてしまいました。
もう絶望です。ダイエット中断なんてしなければよかった。一日400カロリー程度にしてるのに痩せないからストレスでどうにかなりそうです。毎日イライラしてます。
大好きなおやつだって我慢してるのに。
小さい頃から太っていて、痩せていた時期がないんです。だから人並みに痩せて、大学生活を楽しみたいんです。もう太っていて惨めな生活には戻りたくないんです。でも痩せない。どうしたらいいですか?死にたいです。痩せないなら死にたい。

回答
はじめまして 臨床心理シランの室です。
体重へのこだわりが自分を苦しめ、コントロールできなくなりつつあるようです。
自分で今の心理状態(気持ちのコントロール)を改善させていくのは難しそうな気がします。カウンセリングを受けることお勧めします。

あなたは、いわゆる「ダイエット依存症」のようになっています。
痩せたい気持ちの裏側にあるものは「自己不信」です。痩せた体形を維持したいと考えダイエットに依存しているようです。

痩せていることにこだわる人は、「痩せていない自分は自分ではない気がする」という意識をもっています。
人にどう思われるのかということに関連する自尊心の病理があるとも言われています。

体形が気になる女性は、とにかく外見が気になります。見た目を気にしすぎて美容整形に依存する人も多いのが現実です。内的なものに自信がないので、他人が見たときにすぐわかるものに依存し、外的価値が重要になってしまうのです。こうした傾向の人たちは自己愛の問題を抱えていると言われます。

自己愛の病理とは、自分を愛することができない病理です。思い描いている理想的で万能な自分、すなわち、偽りの自分しか受け入れることができません。いつも自分が他人からどう思われているかかが重要で、批判に弱く、自尊心が傷つきやすいという特徴をもっています。

見た目のよさに依存する人は自己不信の気持ちをもっています。人からよく見られたいのに、周囲の反応を気にしておどおどし、心の中に描いている理想の自分になれないと、非常に落ち込むのです。そして、何とか自分を愛するため、自己不信を克服する手段としてダイエットに依存します。その過剰がいろいろな問題を生みます。

体重が増えることによって自己評価が下がる人は危険といってよいでしょう。心の中で思い描いている自分が崩れることを恐れ、自分の存在が否定されることを嫌うタイプです。そんな強い自尊心の裏に隠された弱さが問題なのです。

自分の見た目を気にする人は、そうした自己愛の病理の問題に焦点を当てていかないと本当の解決はできません。
このような人の多くは、ありのままの自分を受け入れてもらった経験がないまま育てられている傾向があり、自己不信感を持っており、体重や外見に執着しがちになります。

他人からよく見られたい、やせた自分が素敵だと思っているため、体重が増えることが恐くなり、その恐怖がコントロールできなくなっていきます。今の自分に満足できず、常に自分は自分以上でなければいけないという強迫観念を持ち、それが常に自己不信感を作っていきます。

本当に大事なのは、自分らしくあることです。自分らしくとは、自分が自分以上ではないけれど、自分以下でもないという自分。つまり等身大の自分ということです。等身大の自分を見つけ、ありのままの自分を育てていくことがカウンセリングの目標になります。

体重にとらわれている女性は、過剰なダイエットをし、達成感、優越感、安心感を得ようとします。男性の目を気にしてではなく、その競争相手は女性です。常に人より上に立ちたい、勝ちたいと思い、その証明として痩せた自分が必要になります。そこから抜け出すためには、ありのままの自分を認め、自分は自分でいいんだと受け入れていくことが大切になります。カウンセリングによって、そうした自分に気づいていくでしょう。

学生相談室でカウンセリングを受けられるとよいと思います。

小学校の茶話会で話した内容が頭から離れません

2019.10.05

質問
昨日初めて小学校の茶話会に出席しました。
初めてで何をやるかんからないまま出席したのですが、1人ずつ自己紹介と「宿題について」1人ずつ発表でした。

ある程度内容は考えていたのですが極度のあがり症の私は順番が回ってきた瞬間頭が真っ白になり、話す内容が全て飛んでしまいました。
震えて顔がひきつって片言になってしまい途中自分で何言ってるかわからなくてなりました。
緊張のあまり言い終わった後何言ったか記憶がありません。
多分言めちゃくちゃで変な文章になったと思います。他のママは笑いまでとるくらい皆完璧でした。

他のママにこの人変な人と思わたんじゃないか、陰口いわれてるかもってずっと考えてしまいます。頭の中で昨日の失敗を何回も繰り返し考えて頭から離れなくて憂鬱です。
どうしたらこの気持ちは楽になりますか?

回答
はじめまして 臨床心理シランの室です。
「どうしたらこの気持ちは楽になりますか?」という質問ですが、今の気持ちは、時間がたつにつれ、薄れていきます。
自己嫌悪という感情もやがて薄れていき、一週間もすれば、半分以下になっているでしょう。一か月もすれば、「そんなこともあったんだ」ぐらいのできごとになっていると思われます。

それが人間の感情の法則ともいえるものです。どんな嫌な出来事も、その時の感情も時間が薄れさせてくれるものです。ですから、人間はやり直しができるし、失敗から立ち直ることもできるのです。

ただ、感情がすぐ薄れていく人と、なかなか消えない人はいます。くよくよするタイプの人、いつまでも引きずる人、囚われの強い人などは時間がかかるかもしれません。失敗したことを何度も何度も思い返し、かえって記憶を定着強化させてしまうからです。

不快感情は言葉では解決できません。そのまま受け入れるしかありません。自分の感情をイメージや言葉でやりくりせずに、目の前のやるべきことに集中して、今を生きることに集中していけば、やがてあなたの不快感情も忘れ去られ、消えていくでしょう。

あなたが気にするほど、参加者はあなたに注目していませんし、あなたの話も聞いていないかもしれません。それが普通の人間の本音です。茶話会が終わった後、何人の人があなたの話を記憶しているでしょうか…。

立場を変えて考えてみるとよいと思います。あなたは、茶話会の人の話をどれだけ覚えていますか?印象的な何人かは覚えているかもしれませんが、普通は一日もたてばほとんどの人が忘れているものです。

ある意味、「よく見られたい、悪く思われたくない」といったなたの思いが、あなたを苦しめているようなものです。自縄自縛であり、事実ではなく、あなたの観念が作り出しているものなのです。

人目が気になり、うまく話さないといけないと思えば思うほど緊張し、真っ白になってしまうものです。

不安や恐怖という感情を言葉でやり繰りせず、「あるがまま」にして、緊張したまま、ただただ目前の会話の内容だけに集中すればいつの間にか、自然な会話ができるようになります。不安や恐怖や緊張を言葉で追い払おうとすればするほど、煩悩の犬に追いかけられるように深みにはまってしまいます。
 
極度のあがり症の自分を受け入れ、あがり症はあがり症のまま、人前で話せばよいのです。いつも、今に集中し、人が話しているときは、人の話を集中して聞いていれば、順番待ちの中でも緊張も薄れるでしょう。

場をこなしていけば、少しずつ慣れていくと思います。また、あがり症を和らげるためには、周到な準備や練習も大事です。何よりも、人の評価を気にする自分から、自分自身の評価を高める生き方…つまり自分に生きる、自分による自分の評価を大事にする生き方を身につけることが求められます。

私はこれから、どうすればいいのか わかりません

2019.09.20

質問
長くなるのですが、ぜひ回答お願いします。
私の家は5人兄弟の7人家族です。その中で私は兄の下の2番目の位置にいます。それでその下に年子の妹と10歳ほど年の離れた弟2人がいるような兄弟です。その中でも母は兄のことが昔から大好きでした。私の家族はかなりお金がないのに兄のスポ少のお金を出したり、生まれた時からのアルバムもあったり、いまでも毎日のようにベタベタしていたり…それに比べて私の場合は習い事をしたくても却下されたり、アルバムなんてものもないし、何をするにしても文句や悪口を言ってきます。妹や弟は甘え方が上手なのか、もし怒られてもすぐに仲直り?しています。私は自分が末っ子だった時期も少なく誰かに甘えたり、頼ることなく過ごしてきたので、辛いことがあっても全部1人で抱え込んでしまいます。それもあって母は何か不満があったら全部私のせいにしてきて、私の存在自体を否定してきます。また、そのせいなのか私が好意を持っている男性が私のことを好いてくれてても信じることが出来ず、気持ち悪いとまで思ってしまいます。私は今、家から看護系の専門学校に通っているのですが、将来看護師となって働くようになって結婚したい、子供が欲しいと思っても母のようになってしまうのではないかと考えると本当に嫌です。
私はこれからどうすればいいですか?何か私にできることはありますか?

回答
臨床心理シランの室です。
人生の先輩として少しだけ、助言させてもらいます。

あなたにできることは、たくさんあります。希望をもってください。
今は、目標のため、がむしゃらに学び、自分を向上させ、一流の人物を目指し努力を重ねることです。

具体的には立派なの看護師になることを目指し、懸命に学び、人間を作っていき、善い人と交わり、一流の人間になっていくことです。
過去の偉人たちに学ぶのもよいと思います。身近にいる善い人をまねたり、学んだりするのもよいでしょう。そうすれば、
やがて親から自立できるでしょう。また、親の影響を乗り越えた一人前な人間になっていることと思います。

「カエルの子はカエル」ということわざがあります。一般的には、子どもにとって親は陰に陽に最大の影響を与える存在です。その影響のせいで、子どもは、いつの間にか、親と同じような生き方になってしまうというものです。ですから、あなたの不安もわかりますが、あなたが母親のようになるとは限りません。今後のあなたの生き方で「トンビが鷹を産む」という将来が実現することもあります。そのような人を、私は何人も見てきました。

私的なことで恐縮ですが、何よりも私自身がそうでした。7人兄弟の3番目として生まれ、男4人、女3人の兄弟です。母親を7歳のときに病気で亡くしました。父親は酒に溺れ家庭を顧みず、今でいえば完全なアルコール依存症でした。私たちは、親にネグレクトされ、食べ物もなく、学校にも行けず、やがて養護施設送りとなりました。
兄たちは、私が父親に顔が一番似ているということで、私に対して「おまえが一番アル中になる可能性が強い」とことごとく揶揄されたたものです。言われるたびに「自分は絶対にアル中にはならない」と反骨心を燃やし、深く決意したものです。皮肉なことに、そのように私を見下げていた兄2人が、成人後にアルコール依存症になってしまったのです。

私は、養護施設で偉人の伝記を読み漁り、勉強に努力しました。悲惨な家庭で育ち、家庭の温かさを知らなかった私は、ひそかに「必ず温かな家庭を築いてみせる」と子ども時代に深く決意していました。
紆余曲折し、29歳で中学教師となり、学びに学び、自身を鍛え、一流教師を目指し、善き人達に交わり、努力の結果、それに近づくことができたと思います。

あなたの人生はこれからです。親の影響を受けてきた過去は、夢のようなものです。大事なのは、現在であり、未来です。過去に振り回されるのではなく、今を未来のために生きることです。これからは、自分の足で歩き、自分を作り、未来を切り開いてください。今の決意と目標、そして不断の努力と向上心、善友に交わるという姿勢があれば、あなたの人生は大きく開けるでしょう。

かまってちゃんをして、悩んでいます(20代女性)

2019.09.11

質問
昔から、自分と近しい男性に対して、例えば彼氏となる相手にラインをする際、なかなか返事が返ってこないとしつこく話題を変えたり何だりして送ります。

初めは相手の男性も「可愛いな」レベルで構って下さるのですが、それが段々とエスカレートしていって、相手が一通送ってきてくれるのに対して、私は10通も送ってしまい、しまいには段々と相手のことを傷つけるような言動や、どのくらい私が言ったら相手はどんな反応をするのかという、試し行動をしてしまいます。
そして、それに対してしつこいと怒られたりすること、逆に嬉しく、

わあ、怒ってくれたと謎の安心感に包まれ、もっとその人のことをいい人だと思えるようになっていきます。
けど、心はもちろん虚しくて寂しくて良い気持ちではないです。

でもそういう行動が辞めないとと分かっていても辞められなくてとても困っています。
今まで付き合ってきて、それが嫌で、重くて付き合ってた男性から振られたことがありました。

逆にそのかまってちゃんなところを 受け入れてくれた 男性もいたことがありましたが、何度も傷つけてきてしまいました。
今現在、近しくなっている男性に、昨夜とてもしつこいと叱りのラインをもらい本当にどうにかしないと…と悩んでいるところです。

回答
臨床心理シランの室です。
きつい言い方になるかもしれませんが、未来のあるあなたですから、敢えて感じたこと述べさせてもらいます。

あなたは、対等で信頼しあった人間関係を築くことに困難さを感じていませんか?
愛することや信じることの偏り…愛し下手という問題、むさぼる愛、押し付ける愛、試す愛…愛の歪みやバランスの悪さが自分や相手を安定した幸せから遠ざけているように見えます。

自己愛の問題があるのではないでしょうか…。自己愛とは、自分を大切にする能力であり、生きていく上での最も基本的な能力です。この能力がきちんと育っているから、人は嫌なことがあっても絶望しないで生きていけます。しかし自己愛が育っていないと自分を大事にすることしができません。

ある面のあなたの行動は、子どもっぽく映ります。それは、子ども時代の課題を乗り越えていないからと思われます。成し遂げるべき課題を達成して初めて次の段階に進めるものです。

現実や想像の中で、見捨てられることを避けようとするなりふり構わない努力、不安定で激しい対人関係や自己へのこだわり、衝動性そして慢性的空虚感があるのではないでしょうか…。

ハンディを負いながら生きていくためには、他者の力をかりることが生存戦略のために必要だったと思います。他人に保護や応援を求めることで生きてきたのかもしれません。

過剰な愛情を求める心、寂しさに耐えられない心、なりふりかまわず、それを満たそうと男性に依存しているように見えます。そこにあなたの過去の心のキズやトラウマや愛着の問題や幼少期の母子関係の愛情の問題などがあるような気がします。その解決こそが、今のあなたには必要だと思います。

人と素晴らしい関係を築くことより、じっくり長くつながることを心がけるとよいと思います。
寂しいからといって、すぐに男性で紛らわせることをやめてみましょう。欲求不満があっても、すぐ解消することをやめるとよいと思います。孤独に耐える力が自分を強くします。自分を変えるのは自分しかありません。自分で自分を支えることです。
本当の幸せは、男性が与えてくれるものではなく、自分が築くものだからです。

どうしても自力で問題解決できない時は、専門家の心理カウンセリングを受けるとよいでしょう。

消えてしまいたい。存在がなくなればいいと思う。

2019.08.30

質問
元々兄からの暴力を小さい頃に受けていて別々に暮らすようになりましたが大きくなっても不安定な時期がありました。
波があり最近消えてしまいたいと本当に思うのです。
死にたい訳ではなくて消えたい。
存在がなくなればいいのにと思っています。

死んで家族に迷惑はかけたくないけど生きてるのはしんどい
周りにもこう思っていることなんか言えないし普通でいたいから明るく元気な自分を取り繕うのに必死です
自傷もやめたいけどやめられない血を見ると落ち着くし偽りとはいえ元気な自分に戻っていく気がします。

病院には行くべきなのかな?と思ったりするのですが行ったら今までやってきた事が取り繕えなくなってしまわないかと不安でどうしたらいいかわかりません
自分がしたい事とか楽しかったこともよくわからなくなっています。
迷惑はかけられないからとりあえず働いてなんとなく今生きてます。

ずっとこういう性格で生きてきて仕事も一応出来てはいるし外では普通のはずです
精神的に少し弱いだけで病気だとは思ってないし思いたくないです。
こんな気持ちはどうしたらいいのでしょうか。
文がまとまっていなくて見づらくてすみません。

回答
臨床心理シランの室です

あなたは幼少期の環境や兄の暴力の影響などから、いやおうなしに自己否定感が強くなり、自尊心に傷を負い、自分を卑下し矮小化させるという心を植え付けられたように思います。すべては生き抜くための防衛であり、鎧であったと思われます。

「消えてしまいたい」という自己否定、自己存在の希薄さ、生きている実感の希薄さをリストカットによる血の流れで補い、刹那的にも生きている証を感じようとしている、その空虚さや痛ましいほどの愛情不足感…どう補償すればよいのでしょうか。

あなたは本当に過酷な境遇の中で、生き辛さを感じながらも、今日まで自己防衛に身を固めるようにして必死に生き続けてきたような気がします。他の人より苦しんだ分、同世代の人よりもあなたは忍耐力や優しい心を身につけているはずです。気づいていないかもしれませんが、それはあなたの心の宝になっています。

あなたは、安心し信頼できる人を見つけるとよいでしょう。その人に過去を話し、それが受け入れられるとき、あなたは過去と和解できるようになると思います。

また感謝する心を持てば人生が豊かになります。今生きていることが、どれほど多くの人に支えられているのかに思いをはせる時、感謝の心が湧き、自分も他者の命に貢献しようという心が起きてくるはずです。

今は過去の結果です。とすれば未来は、今生きて、何をしているのかが原因になります。つまり、未来は今をどう生きるか、今この瞬間に、どのような原因をつくるかによって決まります。

多くの人は、日常生活に埋没し、人生を考えたり、自問自答することもないでしょう。そういう意味では、あなたは人間存在という本質に疑問を投げかけ、それを求めている人と言ってよいかもしれません。

人間の一人の命は地球よりも尊いと言われています。脳や人体の精密さ、心の不可思議さ。 脳の構造一つ見ても、大脳皮質には130億個の細胞があり、その細胞一つずつには約1万個のシナプスがあります。脳のそれぞれの細胞間の電圧を利用して神経伝達物質が行き交い、私たちは活動し生きていると言われています。まことに神秘です。

このほか人体の各器官の機能の不可思議さと神秘さと偉大さは、コンピューターでも足元にも及びません。このことだけを取り上げても人間の心身の偉大さや尊厳さは他の生命体に比類のない素晴らしいものです。

あなたは、何があっても最大価値の生命を大事にされ生き続けてください。この辛い日々がいつまでも続くはずはありません。朝の来ない夜はありません。希望をもってください。

 あなたは、けっして病気ではありません。過去の深い傷ゆえに、不安定な心になっているだけです。自己否定が強く、自己存在の証が希薄なだけです。これからそれらを修正していけばよいのです。

生きていることの感謝、そして性格の鎧を脱ぎ、繕いを捨て、生地で生きていく。ありのままの自分が、たとえどんなにみじめに感じたとしても(自分が思っているだけで、人はそうは思っていない。自他の認知のずれも修正課題の一つです)、ありのままの自分を晒し、人に尽くしていくという奉仕の心で生きていくとき、きっと生きている実感を得れるようになると思います。