相談内容
20代前半のころはとてもポジティブで、ネガティブの人の気持ちなんて理解できませんでした。例えば、とても仕事ができる人と一緒のプロジェクトに参加すると、その人の技を盗むことができるとワクワクしてました。他のネガティブな人は仕事ができる人と一緒だと自分の出来なさが身にしみて落ち込むと言ってたことが理解できませんでした。
しかし、その後、移動して昇進してから仕事が思うようにいかず、またそのことで同僚や上司に人格否定されたり、聞こえるように陰口を言われたりしました。そのことがきっかけで、自信を失い、人が怖くなってしまいました。いつも自分の悪口を言われてるんじゃないかと気にするようになりました。その異動先の職場の雰囲気は最悪で、いろんな人の怒りの矛先が私に向き、体調に影響が出るほどきつかった時もありました。
そこで四年ほど耐え、また異動して今に至るのですが、環境が変わっても悪口を言われるんじゃないかと気にしてしまいます。また、ちょっとした失敗をしても、すごく落ち込み、だめな人間だとレッテルを貼られるのが怖くてなりません。むしろ、他の人が失敗しているのをみて安心することもあります。人と比べてはいけないし、小さいことをいちいち気にしてはダメだと頭では分かっています。落ち込んだところで何もいいことはないのもわかってはいるのですがなかなか行動にうつせません。どうしたら、前のようなポジティブな自分に戻ることができるでしょうか?
回答
臨床心理シランの室です。
固定されたポジティブな自分や ネガティブな自分があるわけではありません。たとえですが、「水を得た魚」という言葉がありますが、水を得た魚は、とてもポジティブで、活動的ですが、水がなくなれば、元気がなくなりネガタィブを通り越し、やがて死んでしまいます。
人の心は、時と場所によって変わります。特に、職場という環境、仕事上の立場の変化は、適応に大きなエネルギーを使うため、不適応症状を表す(ひどくなると適応障害と診断される)ことがよくあると言われています。
今のあなたの辛さは前職場で受けたストレス過多にあると思われます。
そのストレスにうまく対処できず(あなたのストレス対処能力を超えていた)、自律神経も乱れた状態になり、周囲の人間から発せられる言動に柔軟に対応する余裕もなくなり、エネルギーも低下、いつしか心の中に傷(トラウマ)となり、未消化のまま、今日に至っているような気がします。
ストレスにうまく対処していくためには、物事のとらえ方や考え方、行動の仕方、感情のコントロールの仕方、ストレス対処の仕方やソーシャルサポートなどが必要になります。
あなたに合った正しい対処法を身につければ、昔のポジティブなあなたに戻ることができます。
現状を改善させる対処法としては、心療内科に行くか、心理カウンセリングを受けるか、自力で認知行動カウンセリングをするかの三つが考えられます。
一つ目の方法は心療内科を受診することです。掲示板の内容を医師に話せば、おそらく適応障害か抑うつという診断が下されそうな気がします。心療内科の医師は薬物治療が中心になると思います。今のあなたの現状は、心療内科というレベルではないような気がします。
二つ目は専門のカウンセリングルーム(できれば専門性の高い臨床心理士や公認心理師がいるところ)で心理療法を受けることです。あなたの症状からすると認知行動療法が適切と思われます。物事のとらえ方-行動―生理―感情という心と体のからくりを理解し修正する方法です。あなたの本質的な心理傾向をよい方向に向かわせるためにも認知行動カウンセリングを受けるとよいでしょう。この方法は仕事をしながら可能です。
三つ目は自力で、本などを読んで認知行動療法やストレス対処などを実行する方法です。認知行動療法の中に、ホームワークやモニタリング(自己観察)などがありますので、できないことはないと思いますが、自制心や向学心、そして症状が軽いことが条件になると思います。
あなたの症状からすれば、二つ目を選択され心理療法を受けることが現状の改善にはベストでしょう。
あなたと似たような状況にある方を最近カウンセリング(認知行動療法)しました。30代の方です。二度、適応障害を繰り返していました。一度目は、出張が多く、適応障害となり心療内科受診。会社が配置換えという環境調整をしてくれたため改善できたそうです。(適応障害は環境調整が、一番効果があると言われていますが根本的な治療にはなっていません。配置換え、休職、転職など)
二度目は最近のことで、上司のパワハラと離婚騒動が重なり心療内科受診。3か月の休職。傷病手当受給。心療内科では薬物療法のみだったので、休職期間中に根本的に治療したいと当シランの室に来所されました。
心理検査で心理、生物、社会的要因をアセスメントし、ソウシャルサポートの確認、ストレスコーピング、認知の在り方、ホームワークなどを実行しながら5回程度の面接で改善し職場復帰を果たしました。
あなたの現状からすると、前のようなポジティブな自分に戻るためにも、認知行動心理カウンセリングを受けることが一番ふさわしい道だと思われます。
相談内容
2ヶ月ほど前から始めた飲食のバイトで、小さなミスを何度もしてしまい一緒に働いている方に少し叱責されただけで不甲斐ない自分に心が折れて勤務中にも関わらず涙をこぼしてしまいました。
わたしは幼少期から感情がたかぶってしまうとすぐに泣いてしまうクセがあります。最近は気持ちをコントロールする術を少しずつ得ている!大丈夫だ!と思って勤務していたのですが、今回は制御できませんでした。
大学受験が上手くいかず、落ち込んでしまい社会と関わることが一年ほどできなかったのですが、最初はひとと関わらない物流関係の仕事から始め、ここ半年くらいで「他者との会話に慣れたい」と思い無理をしない程度にと4時間ほどの短い時間の勤務で接客にチャレンジしようと今の仕事に就きました。もっと長く働けるようになりたいと思っているのに、短時間の勤務でさえ心が折れてしまう自分が情けなくて仕方ありません。
小学生時代、いじめなど明確な理由があったわけではないのですが不登校になりその時から「わたしの心が弱いのご原因だ」と思い中学高校は同級生に置いていかれないよう必死に生きてきました。少しは強くなれたと思っていました。でも今回のことで根本的には何も改善されていないように思いました。
自分ひとりではもう手の施しようがないのでは?と思い専門機関について調べてみましたが、身体的になにか症状がみられるわけでもないのに受診するのも如何なのものか?と悩んでしまいずっと行き詰まっております。
破茶滅茶な文章を読んでいたきありがとうごいました。
助言を頂けると幸いです。よろしくお願いします。
回答
はじめまして 臨床心理シランの室です。
あなたの課題は家族以外の他人と、どう関われればよいのかということと、それにともなう感情の問題(コントロールの仕方)
のようです。
人間の強さは自分と環境の関係で決まります。例えば、力が強ければ、坂道でも50㌔を担いで登れますが、力が弱いと10㌔も持てないかもしれません。また、身につけた能力の差で決まります。水泳の上手な人は、海水浴を楽しむことができますが、泳げない人は海にも入れないかもしれませんし、水泳が苦痛になります。
同じように、人と関わる能力にも個人差があります。うまく人との関わりができている人を見ると自然にやっているように見えますが、小さいころからのいろいろな場で悩みながら練習し、身につけたものなのです。ある時は、傷つけられ、どう関わっていけばよいか悩んだり、自分を振り返ったりしながら、自分以外の人の気持ちを知り、また自分の特徴を知っていく。また、悲しみや怒り、焦り、妬みなどの自分の気持ちを制御し、自分に折あっていった結果なのです。
そうした人間関係の中での鍛えというものを経て、初めて、他者とうまくやっていけるようになっていくのです。
人との関係は傷つくこともありますが、人間関係の中でしか味わえない温かさや豊かさなどの心に触れる機会にもなります。
不登校になる人は概して真面目な方が多いようです。あなたも、真面目な優しい人のような気がします。
学校や親の評価は高いかもしれませんが、友達と合わなくなり、社会からずれていきがちになります。
豊かさを生きるには、不透明な状況を探索的に進む力と質のいいセンスが必要です。
不登校は現象的には自分のわがままを優先して、周囲の要請から外れているように見えますが、実際は全く逆で、周囲の期待を生き過ぎた結果、エネルギーが枯渇した状態なのです。
私たちが身近に付き合っている他人は自分自身です。しかも結構付き合いにくい相手です。感情も身体も自分の一部でありながら、自分の思い通りにならない存在です。自分とうまく付き合えるとき、人は満足を感じたり充実を覚えたりするものです。
あなたは他人とうまく折れあえていないのかもしれません。人間関係は、ごく普通にやっているように見えますが、数学の問題を解くよりはるかに複雑な計算や判断を瞬時にしなくてはならない難しい作業なのです。これを柔軟に粘り強く続けることなのです。これらの力は、何より「自分という付き合いにくい他人との関係で培われるものです。
積み残してきた他者との関わり方、それに伴う感情のコントロールの仕方は、学習・練習・訓練していけばできるようになります。
支援者によるカウンセリングは、今までないがしろにされてきた自分との付き合い方を手伝う時間でもあるのです。
専門家(キャリアのある臨床心理士が望ましい)のいる民間のカウンセリングルームで認知行動療法・アサーショントレーニングのカウンセリングを受けるとよいと思います。
当室は北九州ですので、遠隔者に対しては、メールや電話カウンセリングは実施しています。現在、認知行動療法カウンセリング(電話とメール)を、受けられている20代の関西の女性の方もいらっしゃいます。
質問
高校一年生の息子のことでご相談です。
GW明け前から、学校へ行けなくなり現在も不登校で毎日家におります。
本を読んだり、ネットで調べたらしていると、心が疲れているだろうから「学校へ行け行け」言うのは本人が辛いから言わないよにとあるので、気をつけ、本人とも何を悩んでいるのか等話もします。ですが、学校へは行けません。将来の目標もありません。
息子の悩みは、人との距離感がわからない等対人的な悩みが多いです。肯定しつつ、アドバイスしつつしてますがなかなか先に進みません。
朝も起きてこず、何時に起きてるのか…私が仕事から帰ってくると昼寝してたり、布団に横になってたり。最近は風呂にも入っておりません。食べたものもシンクにテーブルにほったらかし。無気力に見え、ダラダラしているようにしか見えません。気分は、良い時は悩みを打ち明け話したりしますが、落ちると無反応、目つきが変わるという感じです。最近は大人になりたくないと言っています。急にすり寄ってくることもあります。母親父親ともに寄ってきます。わからない行動ばかりです。
明るく盛り上げてみるものの、効果はなく(効果ないのはわかっていますが)今は、親が参ってしまっている状態です。
このような息子にはどのような支援が必要なのでしょうか?根本的な問題を解決し生きる希望を持たせるにはどうしたらよいでしょうか?思春期外来の予約をしてますが、まだ先です。学校のカウセラーも一度は行きますが続きません。全寮制の自立支援センターも考えはじめています。過去、相談した病院、施設では甘えと言われました。
ただただ時間ばかり過ぎて行くのが虚しく、誰かにすがりたい気持ちでいっぱいです。
アドバイスお願いします。
回答
臨床心理シランの室です。
豊かさを生きることは容易なことではありません。不登校の子どもは概して真面目です。
学校や親の評価は高いかもしれませんが、友達と合わなくなり、社会からずれていきがちになります。
結果、不登校になります。不登校の子どもは学校から離れることによって、役に立たない生き方からの脱却を図っているのです。
豊かさを生きるには、不透明な状況を探索的に進む力と質のいいセンスが必要です。
不登校は見た目とは違って、自分と付きあっている時間という意味では貴重な時間と考えられます。
不登校は現象的には自分のわがままを優先して、周囲の要請から外れているように見えますが、実際は全く逆で、周囲の期待を生き過ぎた結果、エネルギーが枯渇した状態なのです。
私たちが身近に付き合っている他人は自分自身です。しかも結構付き合いにくい相手です。感情も身体も自分の一部でありながら、自分の思い通りにならない存在です。自分とうまく付き合えるとき、人は満足を感じたり充実を覚えたりするものです。
不登校の子ども中には他人とうまく折れ合えない子がいます。人間関係は、ごく普通にやっているように見えますが、数学の問題を解くよりはるかに複雑な計算や判断を瞬時にしなくてはならない難しい作業なのです。これらの力は、何より「自分という付き合いにくい他人との関係で培われるものです。
退屈は創造の母です。退屈を通して自分が何を求めているかに気づくのです。何もすることがない子どもを見ていることは辛いものです。しかし時間を持て余しているように見えても、心の深い部分では、創造の泉を求めて井戸掘りの作業が進展しているのです。必ず掘り当てられるという確証のない孤独で不安な作業です。大人が踏み固めて硬くなっているからです。親は、不登校のこうした心を理解した対応が求められます。
支援者によるカウンセリングは、今までないがしろにされてきた自分との付き合い方を手伝う時間でもあるのです。
支援者(カウンセラー・医師など)の選び方は、本人との相性、本人に適切かどうかを重視するべきです。そのためには、まず母親が、その専門家とあって、どんな人、どんな雰囲気のところかを知り、本人に合うかどうかを判断することです。有名とか専門とかで判断して、治療者不信になれば、改善がますます困難になるからです。(当室来談のなかで、有名とか専門とかでいきなり子どもを連れて行って失敗…不信感を強め、悪化したケースがたくさんあるからです)
親は、子どもに対して、無条件の肯定的関心をもつことが大事です。子どもをありのままに受け入れることです。評価せず、存在そのものを無条件で受け入れることです。忍耐強く、子どもの将来の変化(よくなっていこうという心)を信じ抜くことです。
思春期は、今までの自分を今一度点検する時でもあり、積み残した発達課題(未成熟部分)があれば、思春期を乗り越えるのに人一倍苦労するかもしれません
親も二度目の子育てを求められる時期であり、子ども同様成長していかなければなりません。多くの子どもは「危機」の時期を問題なく乗り越え自立していきます。彼らを身近で支えているのが、親をはじめとした家族であり、祖父母であり、兄弟であり、友達であり、先生たちです。だれか一人、信頼でき本人を受け止めてくれる人がいれば、思春期を乗り越えるべき山として立派に乗り越えていきます。
今は父親(父性)が求められる時です。表面的な行動の奥には別の心…「よくなっていこう、成長しようという善性」が心の中に存在しています。そこを信じて、こどもの表面の行動に振り回されず丸ごと受容し忍耐強くかかわれるかが鍵になります。その前提の上で、父親として社会化(自立)をサポートしなければなりません。
今の息子さんの行動には意味があります。その意味を両親がしっかりと理解し、手を放しても目を離さない、こどもの「よくなりたいという善性」を信じぬく関わりをしていけば、徐々に良い方向にかわっていくと思います。時間はかかるかもしれませんが、長い目で見て諦めず関わり続けてください。必ず自立する日がくるでしょう。
質問
私は、すごい忘れっぽいです。
例えば、家の2階に物を取りに行って実際行くと何を取りにきたのか忘れて元いた場所に戻ってやっと思い出す。または本来取りに行くはずのものを忘れて他の忘れ物を持って元の場所に戻ってきたり。
思い起こせば学生のときも忘れ物は多かったです。ただ、母が持ってきてくれたりしたので先生に怒られたりした記憶はあまりありません。
ですが、公共の場ではスマホを忘れるなどはしたことないです。これに関しては振り返って確認をするからだと思ってます。
上記のことはまだそこまで重くは受け取ってませんが、最近忘れっぽいことがものすごく怖いんです。
彼氏とLINEでやり取りをするのですが、家にいる時に私が送った直後にスマホを離して、彼氏の返信を待たずに他のことをしてしまって、返信が遅くなることを何度も何度も繰り返して彼を怒らせてしまっています。
怒らせてしまって毎回直そう直そうとするのですが、少しでも気が抜けるとまた同じことを繰り返してしまいます。
彼のことはすごく好きで、嫌いなところは何も無いぐらい好きで、相手のことを想っていないからできない、とかではないと思います。
少なくとも、スマホを離してしまっても彼のことを考えながら他のことをしています。(一緒にどこ行こうとか一緒に映画観たいな等)
もう何度も何度も彼氏を悲しませていて、私もすごく直したいのです。
でもあれこれいろんな方法を考えても、何にも自信がもてません。
また忘れてしまう。あれこれ実行しようとしても一瞬でも気が抜けたらまたやってしまうのではないか、すごくすごく怖いです。
どうやったら、忘れないようにできますか?
ちなみに遊ぶ日や待ち合わせ時間を忘れたりはしません。スケジュールに書いてあるからかもしれないですけど、これに関しては忘れたことはありません。
切実に悩んでいます。苦しいです。私も、彼氏も。彼氏の悲しませたくないのです。
よろしくお願いします…
回答
はじめまして。臨床心理シランの室です。
文面から推測するにあなたは「不注意」や「衝動性」が強いかもしれません。何かを取りに行ったときなど、目に入ったことに注意が奪われてしまい、肝心な目的を忘れるなど…。
それは目に入ったものに関心が向いてしまうために、注意がそちらに向いてしまうからです。不注意というより、注意の過多(気の多さ)であり、そのため注意の散漫が起こり、物忘れになってしまっています。
結果、本来の目的を忘れてしまうことになっているようです。同時に二つのことをするという「作動記憶・ワーキングメモリー」(心理学の専門用語)も弱いようです。
あなたは、短所の面「衝動性―不注意―注意散漫―物忘れ」で苦しんでいるようですが、長短は表裏一体です。長所はあなたの気軽さ、機敏さ、行動の迅速さという面になると思います。
今できる具体的な改善方法は、「しなければいけないこと・約束事」を記録化、メモ化、可視化することでしょうか…。
大事なことをスケジュール化、メモにすれば問題はないと、あなたが言っているように、「メールの返信をすること」などとメモをすることです。小さなことでもメモをして、それを持ち歩く。ポケットに入るコンパしょう。
メモも三色ボールぺンなどを使って大事なものは、赤色などでメモする。または、アラームが鳴るようにするなど、やらなければいけないことを、感覚で知らせる工夫をするとよいでしょう。メモをする、音で合図する、見えるところに、書置きを置くなど、いろいろな工夫ができると思います。工夫してみてください。
今後のこともありますので、心配であれば、一度専門機関をたずね、WAIS(知能検査・能力の特性を調べる)検査などをしてもらえば、あなたの特性がはっきりすると思いますし、安心できると思います。
人間は、本来の個性(特性―長所にもなれば短所にもなる)を発揮できれば、それぞれ輝きを放って生きることができます。
タンポポはタンポポのよさがあり、バラはバラのよさがあります。彼らは個性を発揮できているからです。
バランスの悪さは、本来誰人にも内在する固有な個性や特性に偏りがあるため、その人のよさ(個性)がうまく発揮できていない状態と考えられます。
まず、自分の特徴、傾向、得手、不得手などを知ることです。自分の正しい把握や気づきなしに、正しい対処はできないからです。
自分を正しく知るためには、自分を客観視することです。心理検査(WAISなど)や心理カウンセリングは、あなたの客観視に役に立つと思います。
質問…20代女性
20代前半から芸術家になりたいという強い情熱があり、留学等をして勉強をしてきました。
数年前、とても大きな創作企画に携わり、毎日毎日没頭しとても良い所まで行きましたが、結局企画が無くなりました。
また別件で関わった企画も、かなりの日を費やしたにも関わらずありえない偶然により報われない事があり、平気でいたつもりですが思った以上に自分が傷ついていると最近になってようやくわかりました。
上記の挫折が2〜3年ほど前の話で、そこから生計の為に畑違いで多忙な仕事に就職し、上司から仕事を評価してもらっていますが、仕事がうまくいけば行くほど昔から思い描いていた芸術家という道から遠ざかるように感じ、何とか並行しようと時間を見つけて再び創作しようとしますが全くやる気がわかなくなってしまいました。
私はいわゆる「優等生」タイプで母(母子家庭)を喜ばせる様な生き方をし、劣等感だらけだったのもあり完璧・秘密主義で己の失敗=恥と云う強い固定観念を持っていました。
しかしそういった勉学が苦しく自傷行為も繰り返していましたが、高校〜遂に勉強放棄、以後は職務放棄(いわゆるニート)歴もあり、同窓生と比べても学歴職歴共に非常に浅く、劣等感と自分への後悔が抜けません。
そういった自己否定を挽回すべく、「夢に一歩でも近づきたい、成功したい」と云う思いから創作したくても、焦燥感が先行し「成功したい→しなければいけない」と云う強制に近づき、純粋に楽しむことすら出来なくなっています。
チック症持ちでもあり、身体的にも辛い状況です。
家族は皆家庭の事情で夢破れた者が多いので、私が成功して家族の誇りになりたいとずっと思っていました。それに友人の前でも芸術家になりたいと言ったのですが、あんなに大風呂敷を広げてしまったのに夢を達成できていない今の自分には何も残っていないと感じています。友人は皆人生進んでいる様に見えます、馬鹿にされているんじゃないか・自分の存在意義はあるのかと考えたりしてしまいます。疲れてしまいました。
自己分析の為に心理学などをかじって見て、問題点を自分なりに掴んでみたのですが今度は収拾がつかず、やる気の欠如と虚しさだけが進行しています。自分の心に問いかけても、自分が本当に望んでいる事が何なのかもよくわからなくなってきました。
今、唯一好きなのは読書です。とても穏やかな気持ちになります。が、読書と云う行為だけだと目で見える様な成果は何も出ないので、やっぱり何もできてない・・・と結局焦ってしまいます。
仕事もどんどん責任が増え、人間関係も少ししんどいので正直言うと仕事を辞めて楽になりたい・・けど生計のためだから辞められない。
私は本当に弱い人間だと鞭を打ち続けて、その期間が長すぎて「疲れた」と云う気持ちが一番正直なところです。
自分で選んだ色々なことに後悔ばかりし、自分がわからなくなっています。
支離滅裂な文章なのは承知の上ですが、、まずは何からすべきなのか、したほうがいいのか、教えて頂けると本当に助かります。
回答
臨床心理シランの室です。
イスタンブールの海峡…
表面の潮流の下に、別の流れがある。表面の海流は、時速3~4㌔の速さで、黒海から南へ、マルマラ海に流れ込む。しかし、その下40メートルには逆方向に流れる、もっとゆるやかな流れが…
人間の心を表す一つの比喩のようであり興味深い現象です。
芸術家になりたいと努力し留学までしましたが、うまくいかず、現在は全く畑違いの仕事に就いているという事実。あなたの表面の心と深層の心(本当の心)が逆方向に流れていたのかもしれません…。
理想自己と現実自己の一致という自己実現が幸福の一つの姿とも言われています。青年期は特にそのずれに苦しむときでもあります。
本当の自分とは…アイデンティティーの確立を求めて…自分探しの旅がまだ続いているのかもしれません。
「人生塞翁が馬」という故事があります。人生の幸不幸は予測しがたい…不幸な現象が幸福の原因になったり、幸福な出来事が不幸の原因になったりということです。
今は不幸に見える事実も、過ぎ去って後から見れば、意味のあるできごとであったということはよくあります。むしろ、意味のあるできごとにするには、今を誠実に真心こめて生きることだと思います。
私的なことで恐縮ですが、私は高校を中退し、働きながら定時制高校を卒業。配達業務をしながら、3年間大学受験浪人。無医村の医者になりたいという理想を抱き、医学部を目指しましたが、夢果たせず、妥協するように他学部に入学しました。
志望学部に入れなかったということで、無気力になり、心は果てしなくさまよい、授業には全く出ず、深夜のバイトづけ、小説家を目指した時期もありました。不如意な生活がたたり、ついに神経症になりました。その回復の過程で、自分にできる道として教師を選択しました。大学を29歳で卒業後、中学教師になりました(この道が自分にとって本当の自分を生きる道だったと今は思います)。
過去をふりかえってみたとき、神経症になったことも、浪人したことも、医師を目指したことも、小説家をめざしたことも、不思議とすべて生かされていることに知りました。(HPに記載)
私は臨床心理士資格を、教師をしながら佛教大学大学院の通信で学び取得しましたが、同期はみな40歳代以上の仕事を持った人たちでした。その中に40歳の現役の客室乗務員(既婚者)の方がいました。彼女は臨床心理士資格を生かして心病む人たちに貢献するという強い目標をもち、臨床心理士となり、現在スクールカウンセラーで頑張っています。
先輩や友人に相談することもよいと思います。相談する…他者に自分の一部を開示することによって、自分では気づかない自分の一面に気づいたり、多くの新しい情報を得たりするなど、視野が開けると思うからです。
読書…心を耕す心の栄養源です。すぐにできるものはメッキであり本物ではありません。「ローマは一日にしてならず」です。偉大なものは時間がかかります。まして、自分の本当の人生とはという問いかけ…心という難解な世界への旅、すぐには解答がでないと思います。
目に見えない世界を養う読書…人生観を培い、思想を固め、人生を問う…古今東西の名作や偉人の伝記などに学ぶのは、遠回りのようですが、あなたの精神世界を拡大し、養い高めてくれるでしょう。
今は友人と語り、読書で心を養い、現実の仕事を真心でやっていくということで、きっと何かがうまれてくると思います。焦らず「よいことはカタツムリの速度で進む」の精神で着実に進まれんことを…。
相談内容
最近になって普通だと思っていた自分の家庭で虐待があったかもしれないことが分かりました。
小学1年生の時に親が離婚し、お金がなくなり、イライラしていた親から毎日怒鳴られ物を投げつけられていました。
その頃は、自分は捨てられるかもしれないという恐怖心をずっと抱えていました。
小学4年生で再婚し、妹が生まれました。
新しい父親から血が繋がっていないと言う理由で、持ち物を取り上げられる、妹と扱いに差を付けられる等、差別を受けていました。
周りの大人からは一番大変なのは親なんだから、育てて貰ってるんだから、と言われ、社会に貢献していない自分はこんな扱いをされて当たり前なのだと思うようになりました。
戦争がある国で生まれた子供の方が可哀想だと言われ、自分より可哀想な人がいるから、自分は苦しんではいけないと思うようになりました。
辛い子供時代を終え、今では社会人になり社会に少しは貢献するようになりました。自立した自由な大人になって幸せになれると思っていました。
でも、自分の納めている税金より国から受けている恩恵の方が多いことに気付き、やっぱり自分が生きていることそのものが世の中にとって負担で、悪なのではないかと思うようになりました。
日本で暮らしている限り、一部の富裕層以外は納めている税金の額より受けている恩恵の方が多いと思います。
でも、私は自分以外の皆が国から恩恵を受けることが悪だとは思っていません。私だけが世界から歓迎されていなくて、だから恩恵を受けたら罰を受ける必要があると思ってしまいます。
最近ご飯を食べている時に、世の中に貢献していない自分がご飯を食べて命を繋いでいることが滑稽に思えて、辛くて泣いてしまうようになってしまいました。
ずっと親から甘えていると言われて育ってきたので、つい最近までは自分が虐待を受けていたと思うこと自体も甘えだし、悪だと思っていました。
育ててくれただけでも感謝するべきだし、もっと不幸な人もいるから、自分が虐待の後遺症で苦しんでいると思うことは甘えで、言い訳で、弱いダメな大人だからそう思うんだと思っていました。
でも最近になってその考え方で生きることに限界を感じました。
こんな考え方だから自分のしている仕事に自信が持てなくて、たまに仕事に粗が出てしまいます。せっかく頑張って信頼されて少し大きな仕事を任されても、怖くてあれこれ言い訳をして逃げてしまいます。人が怖くて信用できないので、人間関係も上手くいきません。
結果的に低収入になり、子供も作らないので本当に生産性の低い人間になってしまいます。
私は虐待を受けていたと考えて問題ないのでしょうか?甘えているだけなのでしょうか?この精神状態は虐待の後遺症なのでしょうか?
こんな私でもカウンセリングや心療を受ければ幸せになれますか?
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回答
はじめまして、臨床心理シランの室です。
辛い思いをしたてきたあなたは、きっと人の心のわかる優しさをみにつけていると思います。朝の来ない夜はありません。生きて生き抜いて、優しさの少ない今の社会の中で、恵まれない環境にいる人たちの味方になってください。そのためにも一日も早く前を向いて生きてください。
世界の偉人もみな酷いいじめ(迫害・虐待)に遭いましたが、それを乗り越えたからこそ偉大な人間になってとも言われています。
ガンジーしかり、キング牧師しかり、数え上げたら枚挙に暇がありません。あなたの生きる権利は絶対であり、幸福になる権利も絶対です。
「汝の運命の星は汝の胸中にあり」(ドイツの詩人シラーの名言)
あなたの運命を決するものは、あなたの心の中にあります。幸福・不幸もあなたの今後の生き方にかかっています。環境は私たち人間に大きな影響を与えます。とくに子供時代は環境の大きな影響から免れることは困難です。周囲の大人に依存しないと生きていけないからです。
あなたの子ども時代の親の養育態度…親から毎日怒鳴られたり、親のイライラの八つ当たりをされたり、物を投げたり、また継父の差別的態度などは、あきらかに虐待と言えます。それらの出来事は、トラウマとなり、あなたの心に刻まれ、あなたの行動に何らかの負の影響をもたらしたとしても不思議ではないでしょう。
あなたは甘えているというより、むしろ逆です。あなたは他者や社会に甘えることができず、他者を信頼することもできなくなっています。それは過去の養育環境で作られたもののようです。虐待が、人間に対する恐怖や不信を増幅させたと言えるかもしれません。子ども時代に親に甘えて生きた人間の多くは、人に甘えることができ、信頼することもできると思います。
私的な事例で恐縮ですが、私も子ども時代、今でいう虐待を受けながら育ちました。母親を7歳で亡くし、父親は酒まみれの生活を送り、酔っては子どもに包丁を振り回したりしていました。家に食べ物もなく放置され、食物を求め飢えたガキのように山野や市場をさまよい、学校にも行けなくなりました。見かねた地域の方が心配し、養護施設送りになりました。当時の養護施設は今と違って、弱肉強食の世界であり、上級生の暴力いじめはひどく、職員の体罰や差別は露骨であり、学校でも上級生から「施設の子ども」といじめられました。先生すら平気で差別する時代でした。
いつしか、私はかなり皮肉くれた、悪たれ坊主になっていたようです。しかし、そんな少年にも、よくしてくれる人がいました。施設の一人の保母が目をかけてくれました。また、中学校1年時の担任の先生が私に期待してくれていました。そのおかげで人間を信じることができたようです。施設を出て自由になったにもかかわらず、高校時代に自分がわからなくなり、非行に走り、高校中退しました。
単身当てのない東京で再出発をはかりましたが、目標もなくパチンコ、競馬にふける日々でした。そんなとき仕事先の牛乳店で、年上の青年に出会いました。彼は、突っ張り粋がり虚勢を張った私をありのままに認めてくれたのです。私は彼に心を開いていくようになりました。
それ以降、私の人生は大きく転換していったのです。後年、私は広島大学に入学し中学教師になったのも、彼との出会いがあったからでした。拙著「失敗もいいものだよ」ノンフイックション自伝小説(文芸社)に詳細は記載しています。
もとより、生きている時代も性別も異なります。ですが基本は変わらないと思います。
人は人によって傷つきもし、人間恐怖になったり、不信になったりするのも事実です。しかし、逆に人によって人間の温かさ、情、優しさ、温もり、この世界の美しさなどを知り、心を開き、人を信じることを覚えます。それらは、生きる活力となり、希望となっていきます。
あなたにも、きっといい出会いが訪れると思います。そのためにも、前を向いて、今を誠実に真心こめて生きていくことだと思います。
トラウマの癒し…自己治癒について少し説明します。
少し難しい内容になるかもしれませんが、長期間の虐待による複雑的心的外傷体験(トラウマ)は、ある意味「瞬間冷凍された体験」のようなものです。冷凍されているが故に、心はその体験を過去のものとすることができず、いつまでも新鮮なままで抱えることになります。いわば「現在に生き続ける過去」として、さまざまな心理的な機能に影響を与え続けています。心的外傷を癒すということは、その凍りついた体験を解凍し、本来の認知的枠組みの中に消化吸収していくことだと考えられます。自力での浮上が難しいのであれば、心理カウンセリング(認知行動療法)が効果的だと思います。
幸せで快適な出来事は心的外傷の癒しに重要な役割を果たします。楽しく、未来が展望できるような、積極的生き方ができるようなできごとを日常生活の中で作ることが大事です。そうした生活をたくさん経験し積み重ねていくことで、あなたも自然自己治癒されていくでしょう。
質問
私は心療内科、精神科、神経内科、街のカウンセリングのどれに行けばいいですか?
PTSDかもしれません。
子供の頃家庭環境が悪く、その頃のことが忘れられません。今でも調子が悪いです。
自律神経失調症ですが症状は軽いです。
一時期偏頭痛、吐き気、不眠症で悩んでいましたが自己流で治しました。
この場合「内科」と付くものは違うと考えて問題ありませんか?
以前一度個人経営のカウンセリングに行ったことがあります。
新しいことを始めようとした時に昔のことを思い出してしまうのを治したくて通いました。
しかし問診がきつくてかえって悪化してしまいました。
カウンセリングにも相性があるのでしょうか。
臨床心理士の方にカウンセリングをお願いすれば間違いないと考えて問題ありませんか?
自分の症状を見て適切な診療所を提案してくれる機関はありませんか。
皆お金を取るだけとって症状が悪化したり治らなくてもそ知らぬそぶりで信用できません。
街の診療所が紹介状を書いて大学病院に案内するようなことを精神科はしていないのですか?
回答
はしめまして、臨床心理シランの室です。
当室には過去に心療内科(精神科)を受診された方がよく来所されます。
「心療内科では薬治療のみで改善しなかった」
「薬に頼らずカウンセリングで根本的に治したい」
「治療者が話を聞いてくれず一方的に治療をすすめる」
「治療者が上から目線で嫌だ」など…
薬治療に対する拒否や治療者に対する不信感などがあり、心療内科(精神科)に見切りをつけてしまったようです。
うまくいかない治療は、本人の心の病の悪化につながります。
心の病は、人間関係のストレスが心因になる場合が多く、治療者との関係性がうまくいかなければ、不信感を強め、トラウマになることも少なくありません。
心の病になったとき、どこへいけばよいのか…
心療内科か、それとも心理療法 (カウンセリングルーム)か…
心療内科(精神科)は、患者の話をもとに診断を下します。診断後は、症状を緩和させるために薬を処方します。初診に充てる時間は、15分間から長くて30分以内です。二回目からは、薬の加減が中心の診察で10分以内です。カウセリングはほとんどありません。患者が多く、時間を割くことができないからです。(大学病院は「研修」という視点から対応することがあり、当室に来るクライエントの話からすると、残念ながら勧める気持ちになれません。)
心療内科・精神科は保険が適用されるため、料金も低めです。初診でも3000円を超えることは少ないでしょう。2回目以降は2000円以下です。それに比べ、民間のカウンセリングルームは、保険が適用されないため、通常5000円以上になります。(東京は1万円ぐらいと聞いています)
薬物治療は一時的に症状を抑える効果はありますが、本質的な改善は見込めないと言われています。症状緩和に働きかけることと並行して、他の影響(副作用といわれている)があります。さらに薬の依存性もあります。
本質的な改善は、自らの自然治癒力の発動で治すしかありません。それを阻害している心理・社会・生物的要因を取り除くことで可能になります。自然治癒力の発動を可能にするのが、心理療法(カウンセリング)になると思います。一口に心理療法といっても100種以上はありますので、何を選ぶかが大事です。
精神疾患に応じた効果のある心理療法というものがあります。例えば「うつ」であれば、適切な心理療法は、アメリカ精神心理学会が効果のある療法としてあげている「認知行動療法」「認知療法」になります。PTSDには「エクスポジャー」が有効とされています。
それ以上に大事なことは患者(クライエント)のアセスメント(診断・見立て)力です。名医(名心理療法家)とやぶの差は、見立て力の差です。正確な見立てがあって初めて、改善へのプラン(処方)ができるからです。見立ては、人間を総合的にみなければできません。外科や内科では、レントゲンやMRI、CT、血液検査などをし、正確な分析をし、診断しようとします。
まして分析不可能な見えない人間の心を診るわけですから、いくつかの心理検査は最低限、必要なものです。問診だけで、その人の人生経験全体を背負っている心の病を診るのは、とても困難なことです。
心理療法(カウンセラー)を選ぶ一つの基準は、見立て力(アセスメント力)がどのくらいあるのかです。心理検査の併用は必須でしょう。そう考えると、大学院で研修を重ね、実務経験を積んだ臨床心理士が安心できると思われます。(当室のブログ「間違いのないカウンセラー選び」を参照にされるとよいでしょう)しかし、臨床心理士であればよいかというと、そうともいえません。キャリアと専門性が必要です。
ある県の臨床心理士会の規定では、開業カウンセラーは、臨床経験7年以上とあります。やはり、公的機関と違って、倫理性やカウンセリングの責任を考えるとそのくらいの資格取得後のキャリアは必要だと思います。
カウンセリングが人と人の関係の営みである以上、カウンセラーとクライエントの関係は症状の改善に大きく影響します。かつて、抗うつ薬のプラセボ実験がありました。偽薬と本物の薬の治療効果を実験したところ、思ったほどの差がなかったと報告されています。処方する医師を信じれば治療効果が高くなり、疑えば効果が低くなります。
クライエント(来談者)がカウンセラーを信じられるかどうか、その要素の一つがカウンセラーの人間性です。
人間性…まず誠実な人。次に奉仕の心…悩める人の苦しみに共感し、改善のための努力を惜しまない人。人によって差別しない公平さのある人。改善のために、来談者に学び、先人の知恵に学ぶなどの向上心が必要です。謙虚に学びのあるカウンセラーは、良いカウンセラーの条件です。
結論からしますと、民間のカウンセリングルームか心療内科で経験があり、PTSDの専門性のある臨床心理士による認知行動療法が適切と思います。さらに、人間性のあるカウンセラーであなたと相性がよさそうなカウンセラーが最適でしょう。
一度面接をすれば、相性を含め、人間性も少しわかり、自分に合っているかどうかの見分けはつくと思います。また、ネット上で、プロフィールや考え方などの欄を参考にするのもよいと思います。
質問
こんにちは。20歳の大学二年生です。
高校2年生の時、拒食症から過食症になり高校三年生の一年間を不登校で過ごしました。
その後一年の留年の後、通信制高校をなんとか卒業しAO入試で大学に入学することができたのですが、それから少しずつ行けない日が増えていき、課題や授業についていけなくなり一年の間で半分の単位を落としました。
二年からフル単位で取らないと三年生に上がれないのにどうしても通えなくなり罪悪感からくる過食や過食嘔吐で疲れてしまい引きこもってしまっています。
もう前期の単位はほとんど落としていると思います。
精神科にかかりましたが、重度の鬱と簡単なペーパーテストからADHDと診断されました。(テストを受けたのは私自身ですが、私と両親はADHDは違うかな、と感じています。母は、小さい頃から大人しく変わっていたし、HSPでは?と言っています。)
バイトも、サークルもごく普通にこなしていましたし、大学で友達がいなかったわけでもないです。ただ、何かわからないけどすごく疲れます。一人になったとき死にたくてたまらなくなります。涙が勝手に溢れます。
外に行くのも人と話すのもしんどくて大好きだったダンスも絵を描くことも出来なくてひたすら寝る状態です。高校で不登校だった一年間もずっとそんな感じで、それからも浮き沈みもあって順調ではなかったのでここ何年かはずっと辛い状態で、また一気に沈み込んだ感じです。
何も考えられないしただただ辛いです。このまま誰からも忘れられて消えちゃえたらなあと思うばかりです。
もしこのまま留年するなら、留年してでも大学は卒業したいという気持ちと、通える自信がないから新しい道を探すべきかなという気持ちどちらもあって、母はもうだらだら続けないでやめて働いたら?と言うのですがちゃんと働けるかも自信がないです。
いつまでここにいるのかという焦りもあるし何もできないけど何もしたくないしこのまま一生辛いのは耐えられないし
精神科でお薬は処方されますが、それだけでない何かのような気がして、お話を聞いてほしかったのでここにたどり着きました。
何かアドバイスなど頂けましたら嬉しいです。よろしくお願いします。
回答
はじめまして。臨床心理シランの室です。
人生の先輩として、少しアドバイスをさせてもらいます。
高校2年時の拒食、そして過食嘔吐、不登校…終わらない思春期のように思えます。
あなたの課題…自分の気持ちと、いかに向き合い、自分をいかにコントロールし、自分の気持ちに折あっていくかが鍵だと思います。
未だに、高校2年時の課題が未解決になっているような気がします。この根本課題を解決しなければ、あなたの未来の人生に、何かあったときに影をおとすことになると思われます。
幼少期や子ども時代の親との関係…親に認められたいという無意識、意識的な行動によって、いつしか、ストレス脆弱性気質となり、自立心が育たず、依存的になり、自分がなくなってしまっていたのかもしれません。
こうした自分の真実を知るためにもカウンセリングが必要だと思います。摂食障害専門のカウンセリング…キャリアのある臨床心理士か精神科医による認知行動療法、もしくは対人係療法が効果的だと思います。薬物療法のみでは、あなたが感じているように、一時的な対症療法に過ぎず、根本的な解決は見込めないでしょう。何よりも今のあなたは、自らを正しく理解し(心理教育)、ストレスノコーピングやリラクセションなどを身につけることが大事と思われます。
発達障害(ADHD)という診断は、あなたの未成熟部分を診ての診断だろうと推測します。あなたとお母さんの意見に私も賛成です。
今のあなたには、かなりの鬱症状がみられます。大学生活に対するストレスコーピングがうまくいかず、不適応症状=鬱状態になっているような気がします。その意味でも、認知行動療法カウンセリングをお勧めします。大学の相談室でそれを実施していれば一番よいのですが、もし実施できないというのであれば、最寄りのカウンセリングルームなどを紹介してもらうといいと思います。
せっかく入学した大学ですし、卒業したいという考えもあるわけですから、大学卒業を当面の目標にすべきでしょう。
参考になればとの思いから、私の大学時代の体験を少し述べます。
私は紆余曲折したあげく、23歳で大学に入学しました。最初の二年間は、深夜のアルバイトにあけくれ、昼夜逆転の生活で授業にもほとんど出席せず、取った単位はわずかでした。当時、大学を中退して小説家にでもなろうかという「はかない夢」を持っていました。
生活リズムを無視した生活がたたり、2年目の冬に心臓神経症(不安障害…現パニック障害)になりました。バイトもできなくなり病気療養のため休学し、故郷で療養しました。療養中に人生を考え、生き方を振り返ってみたりしました。
「これからどうしよう」と何度も考えた末、最も現実的で確実な方向…それは「せっかく入った大学だから、とにかく卒業しよう」と進むべき道を決めたことでした。
3年目の前期から復学し、一心不乱に単位を取りました。最も苦労したのが、英語と第二外国語の単位取得でしたが、後輩たちの中に交じって、恥も外聞も捨て愚直に勉強しました。私は既に両親と死別していたので、経済的な支援もなく、新聞配達、塾の講師で生計を立てながらの大学生活でした。6年間大学に在学し、最終的に教師の道を選び、29歳で中学教師になりました。その道に人生を賭けたのです。(HPに詳細は書いています) 中学生や保護者に貢献できたという思いが最高の充実感をもたらし、今も心の宝になっています。
病気療養中、地獄をさまよっていた時、私の心の支え、生きる勇気を与えてくれたのが次の詩です。
「私は この世に人間の旅に出たのだ 生命究極の目的まで
疲れても 歩まねばならない 風の日も 雪の日も
野宿の時も覚悟しながら 私はひたすら歩むのだ」
前を向いて、歩み続けて、よかったと思っています。
引きこもりのカウンセリングの実際…当室スタッフが面接した主な事例(最近5年以内)、年齢は初回来所時です。
年齢は19歳から58歳までをあげています。6割が中高年の引きこもりの相談になっています。60代の方の面接も2件受けたことがあります。ほとんどが男性で、長男です。
引きこもり期間が長くなればなるほど、また年齢が高くなるほど、社会復帰が困難になっています。
本人自らが相談に来所されることは稀です。まず保護者(母親)が、なるべく早くだれかに相談されることをお勧めします。
引きこもり者の大半に共通しているのが、孤立感、人間不信、人間関係上の問題、過去の出来事の傷つき体験によるトラウマ(職場や学校のいじめ、パワハラなど)があります。
〇主な相談事例(プライバシー保護のため、組み合わせを変えたりしています)
1, 58歳男性 引きこもり歴2年 母親と二人暮らし。母親が電話で相談。訪問面接。4か月後就労開始。
2, 57歳男性 引きこもり歴2年 母親入院、本人が相談に来る。半年後、職業訓練、資格取得後就労開始。
3, 55歳男性 引きこもり歴2年 単身。兄が相談に来る。訪問面接10数度後、本人自ら福祉事務所に相談に行く。
4, 52歳男性 引きこもり歴18年 父親死去後、母親は長期入院。弟が相談に来る。訪問後本人来所。1年後短期間就労開始。
5, 47歳男性 引きこもり歴20年 両親と3人暮らし。母親の妹が相談に来る。訪問で両親面接20回。2年後、本人に面接。
6, 45歳男性 引きこもり歴7年 母親と二人暮らし。母親が相談に来る。手紙支援数度。本人と面接できないまま。
7, 42歳男性 引きこもり歴3年 母親、姉と三人暮らし。母親が相談に来る。本人来所。半年後、職業訓練受講後、就職活動開始。
8, 45歳女性 引きこもり歴 20年 叔母と二人暮らし。叔母が電話で相談。訪問面接。2か月後就労開始。
9, 38歳女性 引きこもり歴 15年 母親と二人暮らし。母親が相談に来る。母親と一緒に来所。10回の面接後、就労移行施設通所。
10, 32歳男性 引きこもり歴 8年 母親と二人暮らし。母親が相談に来る。本人来所。10回の面接後、就労支援施設を経て就労開始。
11, 29歳男性 引きこもり歴 7年 両親と三人暮らし。本人が来所。20回の面接後、就労移行施設を経て就労開始。
12, 34歳男性 引きこもり歴 2年 両親と三人暮らし。母親が相談に来る。本人来所10回の面接後、就労活動開始。
13, 40歳女性 引きこもり歴20年 両親と三人暮らし、母親が入院。父親が相談に来る。家庭訪問面接後、就労移行施設通所。
14, 19歳男性 引きこもり歴2年 両親兄弟同居。母親が相談来所後、本人来所。12回の面接後、就労開始。
面接の方法に一定のやり方があるわけではありません。社会復帰のプロセスは、個人の性格、家庭環境、養育環境、置かれた境遇、学歴、仕事歴が皆異なっていますので、それぞれ異なってきます。カウンセリングは、個人に一番ふさわしい道を共に模索しながらつくっていく作業でもあります。当ルームのスタッフだけでは社会復帰はうまくいかないケースがほとんどです。ハローワーク、就労移行施設、若者サポートステイション、役所の福祉課や社会福祉協議会などと連携しながら進めています。
一番大事なことは、支援者とひきこもり本人との関係性の構築…信頼関係ができるかどうかが鍵を握っています。
次回のブログにひきこもり‥当室がかかわったカウンセリングの具体的な事例をあげながら、引きこも者の心理背景を考察していきたいと思います。
川崎市多摩区で児童ら19人を殺傷し自殺した容疑者(51)は、長期間定職に就かず引きこもり状態で、高齢の伯父夫婦の支援で生活していた。 市は伯父らから相談を受けていたが、内容は介護が中心で、容疑者本人への面談や支援は行われなかった。
内閣府は昨年、中高年(40~64歳)の引きこもり実態調査を初めて実施。3月に公表した結果では、定職がなくほとんど外出しない「引きこもり状態」の中高年は全国に推計61万3000人おり、その半数が5年以上の長期にわたっていた。
引きこもりの子と養う親がともに高齢化し、生活が行き詰まることは、それぞれの年齢から「8050問題」と呼ばれている。実態が見過ごされてきた上、人数は内閣府の別調査で推計された15~39歳の引きこもり数(約54万人)を上回っており、問題は深刻だ。
引きこもり問題に詳しい専門家は「未婚無職の子が親の年金に頼り切り、共倒れになる。支援は難しく、行政の体制も不十分だ」と警鐘を鳴らす。
専門家によると、行政の想定は就職に失敗して引きこもった若者のようなケースで、対応は就労支援が中心。就職先の乏しい中高年には適さず、さらに担当部署が青少年部局にあるため、中高年は門前払いの自治体すらあるという。
親が子育ての責任を感じて隠したり、健康を過信して相談しなかったりする家庭は多く、最悪の場合、親子とも孤立死したり、子が親の遺体を放置したりしてようやく発覚することもある。内閣府の調査では「誰にも相談しない」が全体の約45%に上った。
専門家は「介護などで追い込まれて、ようやく助けを求めてきたときこそ、問題解決の最大のチャンスだ。相談を通じて家庭の状況を全て把握して、関連部局が協働で取り組むことが重要」と指摘。居場所作りや長期の訪問など柔軟な支援の重要性を強調。「孤立させないことが必要な支援で、仕事以外の社会の接点を増やす施策が大切だ」と話した。
通信記事編集