相談室(ブログ)

あなたは、どの生き物? …人面動物? 平和な人? 欲の奴隷? 喜ぶ人? マウント者? 英知の人? 地獄の囚人? 発明者? 慈悲の人? 人間王者?

2026.02.13

 私たちは、十種の生命境界のどれかに、属している 

 私たちの今の生命は、人も植物も動物も以下の10種のどれかに属しています。その生命状態が持つ固有の周波数と波形の音色を境涯と言います。1から順次、10に向かって生命空間は拡大し、生命力、智慧、慈悲は強く豊かさを増し、安定度も自由度も増していきます。1の地獄界が最低の境涯で、10の仏界が最高の境涯で智慧の光そのものです。

 人は意識では、6番目の天界を目指しています。その位置に幸福があると思っているからです。6番の境涯を獲得している総理大臣や大統領や億万長者は、立派そうに見えます。しかし、生命の位は6番の位置にすぎません。その境涯は、砂上の楼閣と言われ、安定せず、移ろいゆく仮の位だからです。

 鳥や動物も自らの家族や子どもを守るために自分を犠牲にし、中には命さえ捧げる生き物もいます。動物ですが、その時の生命の位は9番目という高さにあります。人間が、勝手に人とか犬とか鳥とかに分類し名付けていますが、みんな同じ動物です。他の動物からすれば、犬も猫も人も同じ動物の一種に見えます。果たして、どの生き物が生命の位が高いのか、実のところわかりません。植物や果樹は実ったコメや麦や実を他の動物に捧げるという崇高な働きをする9番を演じます。人は他の生物より、知的能力に優れているにすぎません。家族や種を守ろうとし、命すら犠牲にするある種の動物より、優れているといえるかどうか疑問です。

 私たちの潜在心は、誰人も、10の仏界の不動の境涯を目指し、その方向を向いています。なぜなら私たちの生命の生まれ故郷であり、母なる安心大地だからです。その境涯の修得こそ崩れない心の豊かさをもたらします。その境涯には、充実があり、強さがあり、賢さがあり、智慧に満ち、尽きない財があり、浄化された自由自在な喜びの絶対幸福があります。それが、私たちを含めた生物の、ありのままの、本来の生命の振動(コラム2)なのです。(ブッダの生命の真理の継承者、天台大師の生命の境界理論を、筆者が現代的に解釈し要約した仏法生命科学論・コラム3)

1、地獄の囚人…地獄界…束縛された不自由な境涯。苦をもたらすものをはねかえせない(うら)み憎しみ、怒りと破壊の渦巻(うずま)く境界。強い怒りが自分に向かえば自殺を招くことがあります。 瞋り(怒り)が原因で地下の獄につながれ、不自由となる最低の生命の境地です。怒るほどエネルギーは消耗し、最後は枯渇し、苦をはね返せなくなり、今、活力があっても、徐々に苦を受動的に無限に受ける身となっていきます。うつ病には、意識できない瞋りが潜んでいます。 地獄界の起こす振動は不規則で、その波形は乱れ、波動は逆流し、破壊攻撃の波は最後は自分に向かいます。それが自分を損傷してゆきます。争い、戦争、破壊の主因は瞋りであり、地獄界がもたらしています。 (じごくかい)

2、欲の奴隷人…餓鬼界…貪・むさぼ(むさぼ)り・飢渇・きかつ(きかつ)、執着、自らの欲望の炎(ほのお)に焼かれ、求めても得られない渇(かっ)し、もだえ苦しむ生命境涯です。 あくなき欲望、身を焦がすような欲望が原因で、地獄に堕ちてゆきます。人は五欲(五つの感覚器官がもたらす快感)に執着します。快は心地よく、ドーパミンという快楽神経伝達物質は、電気信号を通じて、私たちの脳や心身を麻薬のように麻痺させるからです。対象に向かうエネルギーは一時的に高揚し、自他の損傷を招き、破滅に向かいます。金の亡者、人気・地位・名誉・異性を盲目的に求める人。恋の奴隷であるストカー殺人の背後に貪欲の執着地獄の炎があります。餓鬼界の波動は竜巻に似ています。通りさった後に残るのは、無残にも破壊された残害物です。各種依存症この餓鬼界が原因で起きています。(がきかい)

3、人面動物……畜生界…癡・おろか(おろ)威張(いば)る、愧・は(は)じない心、弱肉強食、強いものに巻かれたり、弱いものをいじめたり、傷つけたり、強いものに殺されたり、弱いものを殺したりする攻撃と恐怖の保身の先を見ない境涯です。何が正しく、何が間違っているかわからなくなり、道理に暗い世界です。残害の苦を伴います。残害の苦とは殺される恐怖を味わうということです。動物や人は強いものに殺されるとき、この恐怖に震えます。愚かさが原因で恐怖と不安の世界に堕ちます。クレマーの心理もここにあります。相手が自分より強い人にはクレームできません。反撃されることを知っているからです。強い立場・高い立場を利用して下位のものをいじめたり、暴力をふるうのは、この畜生界の癡かさが原因です。目先のことしか見えず、そのとき倫理・道徳観はなく、人間も動物の本性になります。

 善悪の行為は脳に記憶され、阿頼耶識(注1)に堆積し、悪行が多く積もると、来世は動物に生まれ罪を償うことになります。これを因果応報と言います。賢い人は、動物的生き方をやめ、人界を目指します。因果という道理がわからない者は、来世、動物に生まれることを無意識で希望しているようなもので、こうした生き方がとまりません。動物といってもライオンになるわけではなく、ハエやダニやゴキブリになるかもしれません。閻魔大王が決めるのではなく、すべて自分の生き方が来世の生のかたちを決めます。畜生界の強い人は、先が見えないほどの盲目さなのです。だから、畜生界を癡と言うのです。周波数は乱れ、音色に響きはなく、遅滞し、どんよりした波動を伴っています。各種暴力、パワハラ、いじめ戦争の原因は畜生界が原因です。(ちくしょうかい)

(注1)阿頼耶識…天親菩薩(5,6世紀ごろのインドの大乗仏教者)が発見した心の八つの世界を唯識といいます。唯識とは、一切の現象は、ただ識としての心に映し出されたものにすぎず、万法は意識の変貌であり、識以外に存在するものはないということです。五感覚を通して現象を認識する、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識の五識。五感覚は外の世界を把握する器官です。五感覚で区別した世界を言葉を通して感覚を鮮明にし、貪著するのが六番目の識としての意識です。七番目のマナ識、八番目のアラヤ識は、潜在識として存在しています。阿頼耶(アラヤ)識は、記憶の貯蔵庫と言われ、過去の善悪の行為をすべて貯蔵している識とされます。阿頼耶識は自分と他人を区別します。その働きが他生命との差別をつくってゆき、世界を苦に巻き込みます。「今」は、そのアラヤ識から、マナ識を経て、意識化されます。このアラヤ意識が宿命・宿業を作る、一切の種子識とされ、来世の私たちの生のかたち(動物、人間、植物など)を決めると言います。

 以上の三つを(さん)悪道と名付け、人間の苦しみの根本因としています。現代の世界の各地の戦争や紛争をはじめとした惨劇(さんげき)、社会的犯罪などの不幸な現象はこの三悪道から起きるとブッダは洞察(どうさつ)しました。まさに現実化しています。

4、マウント者…修羅界…いつも人と比較し、人より勝りたいという気持ちに支配されている境涯。傲慢嫉妬、人より優れようとしたり、劣等に苦しんだりする戦々恐々とし、心が揺れ動く不安定な境界です。自分が優れていると思ったり、劣っていると思ったりし、心が安定せず、ものごとを正しく見ることができなくなります。認知が大きく歪んでしまい心も屈折してゆき、病んだ心を作ってゆきます。現代の競争社会…学歴、成果主義社会の根底にある生命は修羅界です。人と比較し、人に勝とうと思い、心は安定しません。その振動はぎこちなく、ある時は、鋭く対象に向かうため、無駄なエネルギーを使い、波形は乱れ、屈折し、波形に美しさはありません。こうした競争社会に疲れ、家に回避しているのが、不登校・ひきこもりの要因の一つになっています。 (しゅらかい)

上記四種の世界を四悪趣(悪へ趣く生命) といい、不幸の原因の境界としています。あらゆる病はこの四つの世界の偏りが原因で起こります。 その偏りを治すのが仏法です。釈尊(ブッダ)は医王と呼ばれ、万病を治したと言われています。                             

5、穏やかな人…人界…人間界(にんかい)『平穏・安定した思いやりに満ちた平和な本来の人間の生命状態」、人に勝とうとするより、自分に負けないように努力する境涯です。振動に、乱れは少なく、穏やかな波動を奏でています。そばにいても安心できる境涯です。常に過去の自分と現在の自分を比べ成長しようとします。人間らしい思い遣りの溢れた世界です。 この境涯を習慣化させて生きてゆけば、来世も人間に生まれるとブッダは説いています。(にんかい) 

6、喜ぶ人…天界「満足・充足・喜びの生命」…喜びの深さには三種類の世界(三界)があるとされています。1、欲界(五感覚の欲求がが満たされた世界…食べる、飲む、アルコール摂取、ゲーム・ギャンブルをする、寝る、住まい、衣服、性欲、物質、お金、名声、地位、権力など…一時的なもので壊れやすい) 2、色界(作曲、絵を描く、文章を書く、自然観察、科学の発見など学術・芸術の世界…深い充実感をともなう) 3、無色界…精神世界(言葉で思考したり、想像したりして、閃きを得たり、何かを悟ったりする純粋な精神の世界…法悦)欲界の頂上が魔王(生命の破壊王)の住所とされています。人は天界を目指して生きており、1、2、3の順番で喜びは深くなります。ブッダは「三界は安定できない、まるで火宅のようなものである」と説き、上の境涯(四聖)を目指すことを勧めました。(てんかい)

 人間はこの六つの世界を(対象)によって巡ります。六道(ろくどう)輪廻・ろくどうりんね(りんね)しているブッダは説きます。この六つの境界は環境に左右されやすい生命状態で安定できません。 ブッダは安定した世界を目指すため次の四つの世界を目指すことを勧めました。                                   

7、知の探求者…声聞界仏法を聴く、仏法を学ぶ。広く言えば、正しい知識を学び自分のものにする向学の心、向上する生命。慧眼・けいがんを持つ。 (しょうもんかい)

8、法則の発見者…(えん)覚界仏法の一部を悟る。見えない世界や法則を(さと)る、発見、発明、閃き・ひらめきの世界。慧眼を持つ。(えんかくかい)  

9、慈悲の人…菩薩界自他ともの生命を高め慈・いつく(いつく)しむ慈悲と智慧の振る舞い、自己中心性を克服(こくふく)し生命を大きく飛躍させる崇高(すうこう)な生命。人としての憧れの存在。法眼を持つ。(ぼさつかい)                          

10、人間王者…仏界生命の真実を悟り永遠性を覚知できる智慧と絶対安心、清らかな生命。自由自在な境地。仏眼を持つ。六根清浄の果報、常楽我浄の四徳(コラム4)を得て、生きていること自体が楽しくて楽しくて仕方がないという心境になります。(ぶっかい)

 以上の四つの境界は、生命が安定し、エネルギーに満ち、環境や他者を価値的にリードすることができると言われ、四聖の境涯と呼び、仏道修行の目標となりました。

 法華経以前の教えでは、十界は、固定化された世界観とされていました。地獄の衆生は地獄に生きる、仏は仏の世界を生きるなど差別の世界観を説いたものでした。ところが、法華経では、地獄で苦しみのどん底にある衆生にも仏界があり、仏の中にも地獄界があるという「十界互具論」(それぞれの十界に十界が空の状態で存在する)が展開されます。これによって、すべての衆生も仏になれるという真の平等性が説かれ、また変革への可能性が生まれました。これら境界は固定されていないというのが、私たち人間の救いになります。例えば今、苦しく地獄のどん底であっても、縁によって冷静な人間界に変わったり、苦しみが抜けて天界に変わり、さらに苦から学び悟りの境界になることもあります。だから、どんなに苦しくとも希望を持てるのです。生命の十境界論は、希望の哲学であり、太陽の思想なのです。  

 すべての命(衆生(しゅじょう)・しゅじょう、人間)は十境界をもち、それらは「空・くう(そら)」の状態で存在し、縁・えん(対象)によって起こるという関係性理論です。生命の十境界は固定化されたものではなく、縁(対象)によって起こり、変化してゆきます。どの境界がよく出るのかによって、その人の人間性の品位(ひんい)・ひんい、振る舞いが決まります。意識を磨き修行すること(意志、決意、誓いをもち行動すること)で境界のレベルを上げることで人格を高め、品・ひん(ひん)のある人(孔子(こうし)のいう君子(くんし))になっていくと論じています。

 ブッダは修行によって、仏界(ぶっかい)(宇宙大の尽きることのない智慧と慈悲と創造性、生命力などを含む無上(むじょう)宝珠(ほうじゅ)の世界)の境涯(きょうがい)定業化・じょうごうか(じょうぎょうか)(習慣化)を弟子たちに教えました。現在の量子力学は、縁起という関係性理論を証明していると言われています。

(コラム1)生命の十界論…天台智顗・てんだいちぎ(てんだいちぎ)(538年~597年、天台大師のこと。隋の皇帝も帰依し国師となった人)によると、ブッダの究極の法を多面的にとらえ「一念三千論」の生命科学理論を提唱し、像法(ぞうほう)時代(釈尊滅後1000年から2000年の期間)の仏・ブッダ(生命の真理の覚者)と言われています。すべての人間の生命に等しく十境界は内在し、縁(対象)によって現れると説きます。人間は、今の瞬間に、10境界のどれかを表わしていますが、一定せず絶えず変化(生死を繰り返し空・くうの状態で存在)していると説きます。

(コラム2)生命の振動…この宇宙に存在するすべてのもの、物質、空気、液体などはすべて原子、素粒子で構成されていると物理学は知見しています。その素粒子は振動し、独自の周波数で波動します(周波数…一秒間に振動する数、単位はHz・ヘルツ)。私たちの脳波は通常、シーター波(4~8Hz、まどろみ時)、アルファ波(8~13Hz、リラックス時)、ベーター波(13~30Hz、活動時)、ガンマ波(30Hz以上、緊張、興奮時)の周波数が中心になっていると言われています。しかし、それは脳はのごく一部のことです。脳波は脳全体の振動ではなく、大脳皮質の一部の振動をとらえたものにすぎません。複雑な脳は、億を超すニューロン(神経細胞)、グリア細胞、脳髄液、さらに数兆個あるシナプスの振動など現代科学のレベルではとらえることは不可能です。現在の脳波の知見で、心の病を完治させようとすると間違いを起こします。今の脳波は、あくまで一部の事実とみるとき、それを生かすことができます。

 周波数が高いと波動も大きくなります。この宇宙で最も周波数が高い存在は現代量子物理学の発見によると光とされ、400兆Hz(赤外線)から700~800兆Hz(紫外線)と言われ、思考や想像を超えた神がかり的な奇跡の周波数です。私たちは光で生きています。また微細な光を体から出しています。それをバイオフォトンと学者は名付けています。生命は不思議です。

 私たちの身体と心は無数の周波数を奏で、瞬間瞬間、秩序を作りながら流れています。ある瞬間、その多数の振動が統合されたものが意識であるといった脳科学者(フリーマン)がいます。苦しみの周波数は一つの形があると推測されますが、音階が同じでも音色が違うように表出された周波数と、その波形は無数になります。それが生物や動物や人間のかたち・相の違いを形成していると思われます。その相も仮に和合されたものであり、絶えず変化しています。この世のすべては仮に和合したものが変化しているにすぎないとブッダは覚知しました。

(コラム3) 仏法生命科学論…森羅万象、万物、自然、生物、宇宙のあらゆる現象は法で織りなされています。すべての現象をブッダは覚知しました。これまでの科学は、その生命現象の物資的側面の部分部分を原子・素粒子・電磁波などを分析し解析し、その中に法を発見することに成功しました。その発見された法で生活を利益しています。真実の法の発見は価値を生みます。これに対して心の法、生命の法はブッダが覚知、発見したと言われています。科学が発見した法は宇宙・自然・生命現象の部分部分の発見です。そしてそれらの発見を継承し積み上げて、さらに新しい発見につなげてきました。科学は帰納法を基本にしています。ヒポクラテス、ピタゴラス、パスカル、アルキメデス、ガリレオ、コペルニクス、ニュートン、ハイゼンベルグ、アインシュタイン、エジソン、パスツール、ニコラ・テスラなどの数多くの科学者たちは、いずれも宇宙・生命の法則の一部の発見者です。それに対してブッダの発見は宇宙の法の全体、つまり生命の真理の発見と言えます。

 ブッダの発見は直観智によるもであり、科学的帰納法に対して、演繹法と言われています。現在の諸科学が徐々にブッダの悟った法の正しさを証明しつつあります。仏法は生命科学です。その法を正しく実践すれば、あらゆる心病は治り、すべての人は、心の自由を獲得し、心の富者となり、崩れない幸福境に至る(衆生所遊楽…生命は本来、今を障りなく、楽しく、自由に「振動」し、生きている)とブッダは断言しました。大事なことは、ブッダの悟った真理の法とは何かということです。ブッダとは宇宙の真理を悟った人のことですが、この宇宙には無数のブッダがいると釈尊(釈迦)は言いました。宇宙真理の法は、言葉で表現できないものですが、比喩としての言葉を使うしか伝えられません。(衆生所遊楽…出典は法華経如来寿量品)

(コラム4)六根清浄の果報…六根とはも眼根、耳根、舌根、鼻根、身根、意根の六つの能力を言います。五つの感覚と意識が浄化されれば、物事の本質がつかめるようになります。例えば眼根清浄は、人の心がわかるようになり、何が正しく何が間違いかがわかるようになります。見えない部分も見えるようになります。常楽我浄の四徳は生命の永遠性が覚知できるようになることです。は生きていることが楽しくて仕方がないという境涯になります。は何があっても不動で揺れない心の強さの持ち主になります。は世間の濁りに染まらない清らかさを保てるようになります。

筆者の生命哲学研究歴… 広島大学総合科学部(一期生)在学中から、天文学、哲学、文学、思想、日本人の行動様式論、生と死の宗教(主としてキリスト教と仏教)、心理学、仏法生命哲学を研究してきました。深層心理学と仏法生命哲学研究歴は50年を超え、ここ10年は量子力学、身体科学と仏法生命科学(中心は法華経)の関係性を重点的に研究しています。学びの旅は今も続いています。