相談室(ブログ)

心の病を治す 意識の持ち方

2025.12.20

痛みや苦しみは不調和からのメッセージ

痛みや苦しみは心身の傷つきや不調が発する神経の電気信号によるメッセージです。電子メールのようなものです。執着は神経の疲労を招き細胞を壊します。思考や感情の偏りはバランスを崩し全体を見失わせます。心身の調和が乱れきった時、苦しみや痛みは限界を超え、心身は病みます。しかし、私たちは、その原因を突き止めようとせず、五感で受信した痛みや症状を除去しようとします。その結果、本質的な解決に至ることが難しくなります。智慧の瞑想は、不調和のメッセージの意味を読み取ります。

過去の記憶による反応行動から 今を意識して生きることで 健康になっていく

木を見て森を見ず」という言葉があります。森に入れば目の前の木しか見えなくなります。これは人間の感覚反応の現実であり、また限界です。人間が鳥のように空を飛べないのと同じです。森全体を見ようとすれば想像力を働かさなければ見えません。私たちは、基本的には「井の中の蛙・かわず、大海を知らず」の感覚で生きています。感覚が受信する、ごく一部の世界を、物事の全体と思ってしまいます。それは神経や脳の働きが過剰になり壊れるのを防ぐためです。私たちが生きている現実は、ほとんどが記憶と過去の知識による感覚反応による自動操作的な行動です。井の中の蛙である私たちが大海を見ようとするなら、正しい知識に基づいた想像力を遣うしかありません。井の中から見る世界は部分であり、大海は生命全体を指します。それが反応から、対処(智慧)の生き方に変わる鍵になります。その生き方を継続することで新しい自分が創られていきます。新しい自分を作ることができれば、いかなる心の病も治すことができるとブッダは教えてくれました。

瞑想のやり方を間違えると 迷妄の世界に入り 心の病は増幅する

最近、瞑想が流行していますが、瞑想の本質がわかっている人が、どれほどいるのでしょうか。心を病んでいる人が、安易に瞑想を行うと迷妄の闇の世界に入ってしまい、心の病は増幅することになります。本来、瞑想はインドの古代社会で実践されていた生命(煩悩)を浄化し、生命全体を直感することを志向するエネルギーを必要とする修行法の一つでした。釈迦・ブッダは、先人の実践に学びながらも、自ら独自の瞑想法で生命の真実(生命の全体)を悟り、仏の境地を得た(注1)と言われています。以下は少し専門的な話になります。ブッダの悟りに至るための修行法の一つに禅定波(ぜんじょうは)()(みつ)(注2)があります。簡単に言えば瞑想によって悟りの境地に至る修行法です。

瞑想は、実は誰人(だれびと)も実行している

瞑想は日常という現実世界から離れ、非日常を体験することです。現実を離れ、自分を客観する世界に入ることです。つまり、一人静かに自分を振り返ったり、内省したり、自然の中を歩きながら、自分を見つめたりすることや日記や記録をつけたりすることも立派な瞑想です。瞑想は特別なことではなく、人間の営みの一つであり、自らを成長させる、かけがえのないものなのです。自分を省みることや反省が自分を高めることにつながるのは、想像力による自己客観視のたまものです。これをメタ認知、鳥瞰的見方という人もいます。しかし、心の病を治し、真の健康を得るには、本格的な瞑想が必要になります。ここでは、その本格的な瞑想について述べてゆきます。

(注1)仏の境地を得た…仏とは宇宙の真理を悟る智慧を体得した人のことを指した言葉です。仏性(ぶっしょう)は宇宙生命の智慧や慈悲を含んだ不思議な法を指しています。仏の境地という場合、すべての生命的存在に内在する不思議な智慧と慈悲の法を悟り、それに基づいて生きている人という意味になります。具体的にはブッダなどの聖人を指します。聖人とは、生命の永遠性と無量の智慧を直感し、その智慧の力で、多くの人々を実際に救済した人のことです。仏教史上、釈尊(正法時代のブッダ)のほか、天台、最澄(像法時代のブッダ、釈尊滅後1000年から2000年の期間を像法という釈尊の教法が像「かたち」になる時代)、日蓮(末法のブッダ、釈尊滅後2000年以降未来永遠、釈尊の教法が隠没「おんもつ」する時代)とされています。世界に目を転じてみると、思想・哲学は異なりますが、孔子、イエス・キリスト、ソクラテスも自らの思想・哲学で多くの人々の精神を高め、救済した人とされ、聖人と言われています。

(注2)禅定波羅蜜…仏の境涯を得るための修行法の六波羅蜜(ろくはらみつ)の一つ。(は)(ら)(みつ)とは、今の自分が悟りの境地に至るための修行法という意味です

日本の瞑想は 鎌倉時代の道元の禅が源流

ブッダ以降の仏道修行者の一人、インドの達磨大師が独自の禅を考案し、中国の禅修行者を経て、日本に伝わったとされています。鎌倉時代に栄西や道元が禅を布教しました。道元は釈尊の言葉から離れ、独自に修行の世界に入ることを目指しました。それが「不立(ふりゅう)文字(もんじ)教外(きょうげ)別伝(べつでん)」です。簡単に言えばブッダの言葉の外にある、以心伝心のようなものと解釈し、独自に悟りの世界に入る修行をしました。しかし、指標なき瞑想が、どこに向かうのか、先人の言葉や正しいイメージのない瞑想は闇の中を彷徨(さまよ)ことになりかねません。道元は死ぬ直前、自らの居場所を「妙法蓮華経庵」と名付け、法華経の「如来神力品」の一節を毎日読誦(どくじゅ)していたと言われています。彼は、最後には釈尊の言葉・法華経に帰ったのです。心の不調者や病んでいる人は、迷いの世界にいます。そんな人が禅の瞑想をやればどうなるのか、想像しただけで結果は見えています。瞑想は意識から入ります。その意識が迷いの状態にあり、指標がなければ、漂流するしかありません。神経を遣った分、迷いと苦しみは増幅されるでしょう。私も、大学時代にギャンブル依存がひどかったとき、座禅を試したことがありますが、効果を感じることはできませんでした。指標なき瞑想をすることで、今の迷いの自分から離れられるかどうか疑問です。魔界(まかい)(生命の秩序を壊したり、破壊したりする働きが起きる世界)に入る危険性があると日蓮(ブッダの一人)は警告しました。瞑想には正しい師や指標が必要なのです。

マイドフルネスの目指す瞑想法

マインドフルネス考案者のカバットジン氏は、日本で道元の禅を修行し、それを基にして、独自の瞑想法を開発しました。しかし彼のマインドフルネスは禅とは別のものだと私は思います。彼はイメージや言葉から生命の全体の秩序や調和に迫っています。それが「呼吸瞑想」「歩行瞑想」「今やっていることに対することに意識を集中するという瞑想です」。つまり、「今、生きている瞬間に集中する」という簡単なものです。簡単ですが、私たちは、今という瞬間に、なかなか集中できません。雑念が雲のように湧くからです。過去の記憶から流れてくるような想念に流され、今を過去の記憶の反応で生きているからです。結果、今を生きることができていません。集中力を高めるもっともよい方法が呼吸瞑想です。また身体を観察する「ボディスキャン」です。彼が考案したボディスキャンで部分と全体のつながりを感じてゆくことができます。そうすることでストレスを低減することもできます。彼の主著「マインドフルネスストレス低減法」は、それらの内容を詳述しています。彼の書は世界に広がり、多くの病める人のストレスを実際に低減したと言われています。本当にマインドフルネスを実践したい方は、彼の書「マインドフルネスストレス低減法」を読むことを勧めます。私も彼の書は何度も精読しました。

心身を健康にする 芝蘭の瞑想法

真の瞑想は想像力と思考力を遣って、生命の深層に接近する心の修行です。想像力と思考でブッダの言葉を指標にして深層に入り、本来のありのままの生命の振動にリズムを合わせ、私たちの自己と宇宙的自己が冥合(みょうごう)することが真の瞑想です。そのとき、私たちの意識という一部は、生命全体を直感します。ニコラ・テスラがいう、「宇宙を受信する」ということであり、振動数が重なることと言えます。

「想像力は知識より大事である。知識には限界があるが、想像力は無限であり 宇宙をも包みこむ」 とアインシュタインは言いました。宇宙の物理的真理の一端を覚知された彼の言葉は意味深長です。以下に述べる事柄は、感覚では理解できません。知識を指標として想像力を遣えば感じられる世界です。芝蘭の室の瞑想は、1、「身体瞑想」2、知恩瞑想 3、「地球自然瞑想」4、「詩朗読瞑想」の四つを実践し、心の状態にあったものを使います。前提としての生命の働きを理解する心理学習は必須です。特に心の病の重篤な人は、「詩朗読瞑想」を中心に行います。

心の病の四相神経症系、パーソナリティ系、うつ系、統合失調症系

心の病を感覚受信、反応、エネルギーの量という視点から、私は四相に分類しています。1、神経症傾向(強迫性、パニック障害、恐怖症、対人不安、トラウマ、解離など)2、パーソナリティー系。 3、うつ・躁うつ系。 4、統合失調症スペクトラム系。神経症系はエネルギー量を多く持っているので、正しい心理学習で自らを知ることで、比較的早く改善可能です。ただし、トラウマの強度が強い解離性に関しては、特別なかかわりが必要になります。パーソナリティ系は、エネルギーはありますが、波が激しく自己コントロール不全に陥りやすく苦しみます。幼少期の愛着の問題が複雑に絡んでいるため、認知と感情の偏りが大きくなっています。その調節には関係者の粘り強い支援と心理学習が必要になります。うつ系はエネルギーが低下していますので、心身の調節をし、エネルギーの補充が何よりも一番です。エネルギー低下がひどく、生きる意欲が著しく減少しているときは、励ましたり、責めるような言動のかかわりをすると、自殺(苦をもたらす対象を自ら攻撃して、対象を消滅させること。対象の消滅をもたらす心身も消えます。自殺の深層因は瞋恚・しんい(自他ともの生命を破壊する強い攻撃性)による苦しみですから、それを解けば解決に至ります)につながったりしますので、細心の配慮が必要です。休養と軽い運動、気分転換や旅行や趣味を優先します。生活習慣リズムの改善が必須です。エネルギーが出てきたら、心理学習や身体・地球瞑想、詩朗読瞑想を行います。対応を誤ると遷延(せんえん)し長期間、病むことになります。統合失調症系は、深い深層から起きる観念が現実化し意識を支配しているので難治とされていますが、改善可能です。かつてアメリカの精神科医サリバンは統合失調症入院患者をほぼ改善させたとの報告も残っています。つまり統合失調症も対処によっては改善できることを教えてくれています。心理学習と生命の深い深層の流れの転換が必要になります。心理学習、身体瞑想、地球瞑想を含め、詩朗読瞑想が最も効果的です。

筆者の生命哲学研究歴… 広島大学総合科学部在学中から、哲学、文学、思想、日本人の行動様式理論、生と死の宗教学、心理学、仏法生命哲学を研究してきました。心理学と仏法生命哲学研究歴は50年を超え、ここ10年は量子力学、身体科学と仏法生命科学の関係性を重点的に研究しています。学びの旅は今も続いています。